1913話 アレクサンドリーネの母アルベルティーヌ
アレクの用も終わり私の再発行も済んだので、いくらか金もおろしてギルドを後にした。
よし。同命の首輪の手続きも済んだ。今日はここまでかな。今夜の宿はアレク邸だ。私の実家はもうどちらもないからな。生まれ育った方の実家は今では知らない騎士の一家が住んでいるようだし、無尽流の方の家も父上がいなくなったため、新たな道場主の一家がいた。
少しだけ物悲しくなっちゃったよ……
「カース、そろそろ……」
「うん。そうだね。行こうか。」
アレク邸に行く前に、どちらも散歩してみただけのことだ。生家の方の庭に一本だけ伸びてない木が見えた。あれって私が毎日毎日魔力を込めまくってたんだよな。不思議なこともあるもんだ。
「お嬢様! お帰りなさいませ!」
アレク邸。門番さんは慌てた様子もなく正門を開けた。そこを入ると、いつものように……
「お嬢様、カース様。ご無事でのお帰り祝着至極に存じます」
気配のないメイドさんが待っていた。この人って私が小さな頃からずっといるけど見た目が変わらないよな。メイド七不思議か?
「サラ、今帰ったわ。母上はいる?」
「はい。お嬢様がたがクタナツにお帰りになったのをお知りになり御自ら料理をされておられます」
「そう。それは楽しみね。」
歩き出すアレク。追随する私。アレクママの手料理か……たぶん初めてだよな。
いつもの食堂へと立ち入ると、すでに料理がどっさりと並んでいた。これは? あまり馴染みのない料理のようだが……
「アレックス、そしてカース君。よく帰ってきたわね。クタナツに帰ってきたからには必ずここに顔を出してくれると思ったわ。料理が無駄にならなくてよかった。さあ、話なんか後でいいの。まずは乾杯よ。」
「母上、ただいま帰ったわ。心配かけたかしら。私もカースもこの通り無事よ。」
「ただいま帰りました。お義母さんもお元気そうで何よりです。」
「そんな堅苦しい話は後回しよ。さあ、杯を掲げなさい。乾杯!」
「母上……乾杯!」
「乾杯。」
「ピュンピュイ」
「ガウガウ」
コーちゃんは飲んでるけどカムイは声を出しただけ。早く料理を食わせろと言っている。
おっ、これ赤ワインか。
「しっとりとした豊かな大地……包み込まれるような温もりを感じるわね。これはもしかしてデメテーラ様に祝福された地なのかしら……」
「あなたにも分かるのね。そう、ここには母のような温かさもあれば、恋人のような甘さもあるわ。今夜はこれをあなた達と飲みたいと思ったの。」
アレクもママもすごいぞ。私にはさっぱり分からない。どこかで飲んだような気もするけど。でも美味しいのは間違いないね。
「ピュイピュイ」
え? マジでデメテーラに祝福された土地なの? それはすごい。あいつが祝福するのってヒイズルだけとは限らないんだね。
「母上、これってもしかして……」
「ええ、そうよ。私の生まれ故郷、アレクサンドル領はセーラム産赤ワインよ。いつだったかアレックスにベゼル・ベイヤードをあげたかしら。これはベゼル・ヴィンヤード。ベイヤードは海に近い土地で採れた葡萄なのに対してこのヴィンヤードは山奥で採れた葡萄を使ってるのよ。私はこっちが好きなの。」
ふーん。品種は同じってことなのかな? ならばベゼルって何を意味しているんだ?
「ピュイピュイ」
生産者じゃないかって? コーちゃんたらそこまで分かるんだね。すごいや。
「僕に難しいことは分かりませんが美味しいです。コーちゃんもこの生産者はすごいと言ってます。ベゼルさんって言うんですかね?」
「さすがね。確かにその名の通りよ。私の父が経営しているワイン農園なの。身内贔屓ってわけでもないけどセーラムの街では随一の味だと私は思ってるわ。」
めちゃくちゃ意外だ……
アレクママから感じる上級貴族オーラってめちゃくちゃ生来のものっぽいのに。あ、いや、ワインを作ってるからって平民とは限らないのか。
「母上、美味しいわ。王都方面に行く時があったら立ち寄ってみるわね。」
「ピュイピュイ」
分かってるって。コーちゃんも寄りたいんだよね。もー、呑兵衛なんだから。
それはそうと料理も旨いんだよな。バターが効いてるっていうかさ。この赤ワインとよく合うんだよね。そういや王都の近くには聖地バラモロードがあるもんな。あそこではゾルゲニアチーズってのが作られてるそうだし、近隣ではバターが作られていてもおかしくないよな。
「お義母さん、これえらく美味しいですね。バターとキノコの相性がすごくいいです。」
「モリユキノコのデュクセルソースね。少しばかり贅沢をしてバラモロード産のバターを使ってみたわ。どうやら正解だったようね。」
ママが何を言ってるのかさっぱり分からん……旨いからいいけどさ。とりあえずバラモロード村ではバターも作ってるってことは分かった。かなり高そうな言い方だったな。そら旨いわな。
「母上! そのバター……まだあるの!?」
「少しだけね。でもあげないわよ。私だってこれが好きなんだから。」
「くっ……カース! 王都に行ったら……絶対バラモロードに寄るわよ!」
あらら、アレクがここまで興味を示すとは珍しい。でもちょうどいいな。私だって行ってみたかったんだから。勇者ムラサキゆかりの地、バラモロード村に。
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