第五章
1912話 クタナツに立つカース
懐かしきクタナツ。数ヶ月前も少し立ち寄ったのに、それでも懐かしい。
時刻は午後四時ぐらいだろうか。太陽がだいぶ傾いてきている。このままのんびりと地平線に沈む太陽を眺めていたくもあるが……
いつも通り北の城門へ。結構混雑している。街道を西へ旅立つ者。北から戻ってきた者。様々だ。もうここは最辺境じゃないのかな……
私達はそんな混雑をよそに関係者入口へ向かう。アレクと一緒なので余裕で通れる……はずだったんだけどなぁ。
忘れてた。私、ローランド王国の身分証がないんだった。
「すいませんがメイヨール卿か騎士長を呼んでもらえますか?」
「しばし待たれい」
普通なら無理だろうけど、クタナツの騎士で私の顔を知らない者なんかいないだろうからね。ただ規則は規則であるため身分証を持たない者を通すわけにはいかないんだよな。当たり前か。
待つこと五分。見覚えのある屈強な騎士がやってきた。メイヨール卿、つまりスティード君パパだ。
「驚いたぞ。カース君にお嬢様、帰ってきてたのか。それでギルドカードもないのかい? カース君らしくもない。」
「おじさんお久しぶりです。そうなんです。話せば長くなるんですが魔力庫の中身を全て失ってしまったもので。」
「全て? カース君のことだから根掘り葉掘りは聞かないが、今からギルドでカードを作ってもらおうか。おいエリック! カース君とギルドに行き再発行を見届けてこい!」
「はっ!」
うーん手間をかけさせて申し訳ないな。エリック……この騎士さん見覚えがあるな。
「では行きましょうか」
「お手数かけますね。」
コーちゃんとカムイは城門で待っている。同命の首輪だって失くしてしまったからな。あれがないとペットは街に入れないんだよな。いち早く金を用意して迎えにこなくては。
道中あれこれ話してみると、この騎士さんは私とちょくちょく絡みがあったらしい。グラスクリーク入江がまだ調査段階だった時も現地で私と会ったとか。
クタナツ第三騎士団一等騎士のエリック・ド・オータンさんか。
着いた。これまた懐かしきクタナツギルド。日暮れまでまだ時間はあるが、そろそろ混み始める頃なんだよな。
入口の前に立つ二人の少年。あれって確か……
「お疲れ様です!」
「おかえりなさいっす!」
「新人かい? その挨拶がきちんとできるなんて偉いね。」
「その調子でがんばりなさい。」
「はいっ! ありがとうございます!」
「がんばります!」
珍しい。登録したばかりの新人はああやってギルドを出入りする冒険者に挨拶をするんだよな。私はやったが、私の同期は誰もやってないんじゃないかな。最近はやるのが普通なのかな?
あれをやると先輩に可愛がられるが、やらなかった同期に疎まれるんだよな。彼らはどうなることやら。
ぎいぎいと鳴るスイングドアを開け、内部に立ち入る。ああ、何も変わってない。足を止めて深呼吸してみる。ふふ、少しだけ臭いな。冒険者達の血と汗、その身に染み込んだ魔物の匂いだ。これってギルドごとに微妙に違うんだよな。はぁー帰ってきたんだなぁ。ただいまクタナツ。
「おう邪魔だガキぃ」
「どけやオラぁ」
おっと、邪魔だったか。悪い悪い。
「おっ? この姉ちゃん見たことねぇな?」
「うっひょお! どえれーマブいじゃんよ!」
「知ってっか? 俺らぁ若手ナンバーワンパーティー『砂塵のブルーブレイド』なんだぜ?」
もちらん知らないよ。あら、ギルド内が騒ついてる。
「あいつら……帰ってきやがったのか……」
「ヘルデザ砂漠の大物を仕留めるとか言ってなかったか?」
「てことは! やりやがったのか!?」
ほうほう。口だけの冒険者じゃないのね。
「ほらガキぃ。ギルドじゃ弱ぇ奴は隅っこ寄んだよ。なんならあいつらみてぇに挨拶からやり直すといいぜ!」
「それがいいや! なんなら俺らの荷物持ちに使ってやろおか!?」
「そんならこっちの姉ちゃんは俺がいただくぜ!」
「ふざけんな! 俺が先に決まってんだろ!」
「どうだい姉ちゃん。ちょうど仕事も終わったところだ。この後付き合わないか? 魔境の話を聞かせてやるぜ?」
いやーいいね。やっぱギルドってこうじゃなくちゃ。いつも思うけど、こいつら系ってアステロイドさん達には絡んだりしないんだろうなぁ。
「悪いな。この女は俺のだ。欲しけりゃ……とってみろ。」
無駄に魔力を垂れ流す。さあ、気付くかなぁ?
「あ? なんだこのガキ? まだいたのかよ」
「さっさと隅っこ行ってろ。それともそんなに荷物持ちしてえのか?」
「……なんか妙だぞ……」
「ああ……寒くねえか?」
「おほっ、でけえ口叩くじゃねえの。気に入ったぜ。後で訓練場で揉んでやるよ。ちっと待ってな」
誰が待つかよ。
『拘禁束縛』
本当は賭けを吹っかけてから相手をしてやろうかとも思ったんだけどね。
今日の私は機嫌がいいんだ。それもかなり。だからこの程度で済ませてやるよ。ギルド内だから血が流れる魔法はあまり使いたくないしね。
「な、何者だ……あいつらが五人まとめてあんなにあっさりと……」
「見たこともない服装だ……一体どこの……」
「女の方はどこかで見たような……」
浴衣だもんね。いつものウエストコートにトラウザーズの魔王スタイルじゃないと分からないかな? 同じ黒ではあるけどさ。
『聞くがいい! クタナツの冒険者達よ! 彼は魔王カース! たった今ヒイズル征服を終え帰ってきた! もしも疑いあるならこのアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルが! 何人でも相手をしてくれよう!』
おお、アレク。かっこいいぞ。上級貴族オーラ全開だ。おまけに凍結の魔法を無駄に垂れ流しちゃってるし。
一気にギルド中の注目が集まる。中には私のことを知っている者だっているだろう。
「魔王……だと……!?」
「い、言われてみれば……」
「あの千杭刺しの!?」
「そういや確かにヒイズルに行ったって……」
「げっ! よく見りゃ氷の女神じゃねぇか!」
ほう。あっさりと信じたようだな。無駄な争いが起こらなくてよかった。クタナツの仲間を傷付けたくはないからな。
さて、これでようやく手続きができるな。都合のいいことに窓口が一気に空いたし。
「ご、ご用件をお伺いします……」
「六等星カース・マーティンだ。ギルドカードを失くしてしまったものでな。再発行を頼みたい。手持ちの現金がないから再発行後に口座から引いてくれ。」
「私とこちらの騎士さんが証人よ。問題ないわよね?」
「第三騎士団のエリック・ド・オータンだ。この件はメイヨール卿も承知しておられる」
アレクもエリックさんもそれぞれ身分証を見せながら話している。
「か、かしこまりました。それなら再発行は可能です。ご存知とは思いますが、再発行の費用は金貨一枚、そして罰則として降格となります。カース様の場合は七等星に落ちることになりますが……」
「分かっている。それで頼む。」
私にしてみればランクってあんまり関係ないんだよな。七等星から六等星に上がるのってちょっと大変だから惜しいことは惜しいんだけどね。まっ、規則だから仕方ないよね。
ほんっとこの度の旅は失うものが多かったよなー。
「では、少々お待ちください」
アレクは隣の窓口で何やら話している。
ならば私は酒場で待つとするか。
「エリックさん飲まない?」
「いや、職務中なので」
「別に酒とは限らないよ。これはキラービーハニーのミルクセーキだしね。」
「えらく甘そうだな……試しに飲んでみるとするよ……」
アレクの分も頼んでおいた。この心が蕩けるようでいて、すっきりとした甘さも懐かしいなぁ。
ふぅ。帰ってきたんだなぁ……
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