1911話 さらばヒイズル 愛しき日々よ

「魔王様。名残りは尽きないがお別れなのだな。どうか我らのことを忘れずに……そして、いつの日かまたこの地に来てくれたら嬉しい。」


昨夜はかなり飲んだ。そして目が覚めたのが昼前。昼食を食べてそろそろ出発しようかと話していたら、狙いすましたかのようなタイミングでヒチベ達が現れた。


「お前は領主だろ。忙しいだろうにわざわざ来なくてもいいのに。心配しなくてもここの畳は最高だしな。きっとまた来るさ。」


それにワサビや醤油、おまけに味噌も欲しいしね。


「そう言ってもらえると安心だ。さて、魔王様……もう出発するのか?」


「そうだな。もう用は全て済んだからな。」


正直忘れてる用事なんかはいくつもありそうだよな。例えば第一番頭の件とかさ。だけどいつまでもそんな下らないことに関わっても仕方ないもんな。国王に話はしてあるし、後は任せていいだろう。

全てのローランド人も国王の船で連れて帰るよう頼んだし、各街がどうなったかの確認も済んだ。全て集めたし、全ての報復も済んだ。

ローランド人の足の腱を切った奴は同じ側の足の腱を切った。

戯れ程度の理由で目をくり抜いた奴も同じ目に遭わせた。全てに私が手を下したわけではないが、確実に遂行できたと言えるだろう。

あとは……ゴッゾからの支払いもあったしな。


「それからこれは我らからの気持ちだ。そちでもうまく育つものかは分からないがな。」


おお、イグサの苗だ。それに種も。これは嬉しいな。


「ありがとよ。自信はないがやってみるさ。」


「一応育て方をまとめておいた。こちらとは気候も土壌も違うだろうから当てになるかは分からぬがな。ああそうだ、このイグサだが品種は『ひのひすい』と名付けた。魔王様が込めた大量の魔力を吸って新たに生まれた品種なのでな。」


日の翡翠。いい名前だ。太陽の恵みを受けて輝く翠が目に浮かぶ。


「おお、これは助かる。ありがとな。失敗したらまた貰いにくるさ。じゃあな。みんな元気で……ん?」


なんだあいつ……もう飛び立とうと思ったのに。

足を引きずる小汚いジジイが近寄ってくる。

当然ながらあっさりとヤチロの騎士に取り押さえられた。私になのかヒチベに用なのかは知らないが、直訴か? ヒイズルってそこら辺の法律はどうなってんだろうな。直訴は死刑とかさ。ローランドだと各領主次第なんだよな。


「ま、魔王様ぁ……魔王様! お願いでございます……どうかうちの孫、孫を……助けてやってください!」


私かよ……クロミもいない今、私にできることなんかないぞ? ポーションぐらいならくれてやってもいいけどさ。

仕方ないな。話だけ聞いてやるか。なぜ今になってやって来たのか気になるけどさ。


許可を出したので騎士に引きずられて私の眼前まで。臭いな。


「俺にできることなんか何もないぞ? 普通に治療院に連れていけよ。」


金がないんだとしたら私にもお手上げだ。


「そ、それが……治療院からはもう……見放されてしまって……魔王様は明日を知れぬフォルノを救ったとお聞きしまして……恥を忍んで、うう……やってまいりました……」


「無理だ。確かにカゲキョーの神から万能薬を貰いはしたけどな。もう全部なくなった。悪いな。」


「そ、そんな……お願いです! どうか! どうか孫を……お願いします!」


いくら頭を下げられてもなぁ……あーあ、額から血が出てる……


「悪いな。本当にないんだ。代わりってわけでもないが……これを見ろ。ローランド王国の国王陛下から下賜された特級ポーションだ。病気を治すものではないが、気分が良くなったり痛みを消したりはしてくれるだろう。」


地べたにひれ伏すじいちゃんの前にポーションを置く。そんな義理はないんだけどなぁ。


「ひっ、ひえぇ……特級……」


こっちでの最高品質以上だろうよ。だが、ただではやれんな。


「約束だ。正直に答えたらこれをやるよ。」


「へっ、へえ! 何なりと!」


契約魔法が発動してない。こいつ……約束を……


「約束する気がないなら帰れ。今なら領主にも口を利いてやる。」


「ギャワワッ」


コーちゃんの警告!


「くくく……死ね!」


こいつ!


「いぎいいっ!」


短筒たんずつ……私が避けたから誰かに当たったようだな。


「ジジイ……お前エチゴヤかよ。」


「くくく……分からんだろう。第一番頭ベッジョウ・セイロだ。貴様がローランドに帰ると聞いて命を頂戴しに来たまでよ」


第一番頭……もちろん知ってる。だがあいつは五十代のナイスミドルだったはずだが……


「とりあえず死ね。」


『榴弾』


「あぎゅおぼほぉっ……さきに……まって……ぞ……」


終わりだ。こいつ何がしたかったんだ? ミンチになり来ただけじゃん。ボロい服の下にムラサキメタリックすら纏ってないし。

無駄に魔力庫の中身をぶちまけて……『水壁』『収納』


ふう。どうやら私だけでなくヤチロの民も巻き添えにする気だったようだが……甘いんだよ。お前らが魔石爆弾を使うことなんてバレバレだ。水壁で一つにまとめてから収納してやった。これは後で海にでも捨てればいい。


「危なかったな。だが、さすがは魔王様だ。全く危なげなく対処してしまうとは。ところでこやつは本当に第一番頭なのか?」


「見た目が全然違うから確信はないけど、たぶん本人だろうな。俺の目やカムイの鼻をごまかすためにあれこれ工夫したんじゃないか? 足の怪我は本当なのかも知れんがな。」


宮廷魔導士や近衞騎士の追跡から逃げ切ったのは大したもんだが、無傷とはいかなかったのだろう。おまけにこの国の状況からしてエチゴヤの人間はどんどん逃げ場がなくなる。自分以外の全番頭は死ぬか捕まった。おまけにジュダもローランドに連行されて奴隷以下の生活が待っている。さぞかし私が憎いことだろうよ。だからトチ狂って自爆しにきた……ってとこじゃないかな。部下も連れずに一人でさ。いや、そもそも全員殺されるか逃亡したんだろ。闇ギルドのチンピラどもが落ち目の組織に義理立てなんかするわけないもんな。そもそもジュダの洗脳魔法が解けたか、元々かかってなかったんだろう。チンピラだし。


で、そんな逃亡生活してるもんだから見た目もどんどん落ちぶれていったんだろうな。だが、こいつはそれすら利用して私に接近してみせた……勝算があって来たとは思えんが闇ギルドの意地だけでも示したかったとか? エチゴヤ最後の幹部として……

敵ながら天晴れ、とは全然思わない。だって腐れ外道のエチゴヤだもんな。あんだけド外道な真似しておいて散り際は華々しく……だと!? ふざけた真似しやがって……


魔石爆弾も大した大きさじゃない。これじゃあ仮に爆発したとしても死ぬのはせいぜい百人ってとこだろう。とてもじゃないがジュダが持ってた天都を壊滅させるほどの威力はないね。


あとは何故この場所このタイミングで狙ったのかが気にはなるが、おそらくは他になかったんだろう。宴会の最中なんかに無造作に魔石爆弾を投げ込む手もあるが、それでは他の者が死ぬだけで肝心の私は無傷だろうしね。

私が再びヤチロに現れるという情報を得ていたのはさすがってとこか。


なんだかすっきり。


「じゃあな。こいつが第一番頭で決まりとは思うが一応警戒しときな。ジュダがいなくなったことだし、これ以上危険な魔石爆弾が出回ることもないだろうしな。」


「最後の最後まで魔王様には世話になった。ありがとう。お前達! 魔王様ご一行のご出立だ! 敬礼!」


集まっている全員が右手を握り左胸にピシッと当てた。民間人や商人も混じっているだろうによく揃っている。悪い気はしないね。少しだけオワダに寄ろうかとも思ったが、このいい気分を持ったままローランドに、クタナツへ帰ろう。


『浮身』

『風操』


「またな。」

「楽しかったわ。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


フォルノが大きく両手を振る。

チラノはヤヨイと並んで手を振っている。

ヤヨイの妹はカムイに呼びかけている。

ヒチベやアカダは私をまっすぐ見つめている。


私とアレクも手を振る。

コーちゃんは首を振る。

カムイは右前脚を振る。


板はもうヤチロ上空を離れた。ローランド目指し飛ばしていく。


風が吹いている。数日前までの冷たい風とはやや違う。ローランドから吹いてくる。少し湿っており冬にしては暖かい風が。


もう冬も終わる。

アレクが魔法学校を卒業してもうすぐ二年。イグドラシルに登ってから一年。


ヒイズルでは色んなことがあったな。手に入れたもの、失ったもの。後悔は……してない。私が選んだ結果なのだから……


「楽しかったね。次はどこに行こうか。」


「どこでもいいわ。カースと一緒なら。」


そう言って寄り添ってくれるアレク。


「ピュイピュイ」


違う国の酒を飲んでみたいと言うコーちゃん。


「ガウガウ」


強い奴に会いたいだと? 強者はどこにでもいるさ。


私とアレク。

コーちゃんとカムイ。

新しい日々の始まり。春の訪れをかすかに感じながら私達は海の上を飛んでいく。太陽の眩しさに目をしかめつつも。


この先、私達を待つのはどんな日々なのだろうか。









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これにて第4章は終わりです。

連載を開始して4年と4ヶ月が経ちました。

内容はコツコツと修正を入れております。

最近一気読みされた方以外はこの機会に初めから読まれてみるのもいいかも知れません。


明日から第5章が始まります。

今後ともご愛読いただけると嬉しいです。


面白いと思われた方は★★★を。

続きを読んでやってもいいぜって思われた方はブックマークを。

面白くない、ここが矛盾している、ここの設定が甘いなど思われた方はぜひ感想を。

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