1910話 畳百畳

あれから、テンモカで宴会の三日間を過ごしてヤチロに戻り、再び宴会の三日間を過ごした。その間にテンモカの領主アラカワと会って農産物を貰ったりアラキ島でカドーデラに会って酒を大量ゲットしたりもしたけどね。


そしてようやく本日。ヒチベから畳の用意ができたと連絡があった。一時間後に運んでくるそうだ。今思えば倉庫まで取りに行ってもよかったんだけどな。まあヒチベが運ぶと言うのなら任せておけばいいか。


私とアレクはここ数日ずっと浴衣を着ている。まあ私は他に着る服がほとんどないからなんだけどさ。下着などはそこらの店で市販品を買った。いかに今までいい下着を履いていたか実感したね。やはり愛用のケイダスコットンに比べるとそこらのパンツでは雲泥の差だ。クタナツに帰ったらいち早く発注しないとな。




アレクとお茶を飲みながら待っていたら、ついに来た。


「魔王様、待たせたな。約束の畳だ。百畳ある。納めてもらえるか。」


「ああ。ありがたくいただく。」


喜び勇んで宿の外に出る。


おお、これか! 馬車が何台も……

幌が開かれる。太陽の下、煌めくばかりの畳が姿を現した。


おお! 春の野山のように青々と萌えている。なんて鮮烈な緑なんだ。


おお……この手触り……たまらん。

縦方向にだけさらさらで、横方向には滑らない。だがこのすべすべ感はクセになるな。

うお……ほのかに香るイグサの匂い……どこか郷愁を誘う。クタナツにこんなものないのに。これはマジで素晴らしいものを貰ってしまったな。予想以上だわ。


「ぬー、気に入ってくれたかー?」


「フォルノ! 元気にしてたか? 張り切って作ってくれたそうじゃないか。ありがとな。すごく気に入ったよ。」


「ぬぅ! よかったで。目積めづみってゆー編み方したんだぁ。手間はかかるけど仕上がりがこんなにも美しいんだぁ。オイだって嬉しいでよ!」


めずみ? もちろん初めて聞く言葉だ。


「フォルノ。ありがとな。お前は間違いなくヤチロいちの畳職人だ。この畳は俺が生きてる限り大事にするからな。」


「ぬ! 嬉しい! オイがまた畳作れるようになったのは! ぬーのおかげだで! この道具も大事にするからな!」


おお、そうだったな。フォルノの道具は私が作ったんだった。注文がかなり細かくてさ、すごく大変だったんだよな。ミリ単位での調整を要求されたし。


さて、名残り惜しい気もするが収納しよう。百畳とは別に端っこ用の小さい畳も結構たくさんあるな。ありがたい。まずはこれで領都の空き部屋に和室を作ろう。畳敷きで風雅な部屋を。


「魔王様のお気に召していただき光栄だ。ならばこれより! ヤチロ領主ヒチベ・ユメヤ・ヤチロの名において魔王様を囲む会を開催する! 全ヤチロの民をここに集めて盛大な宴を始めるぞ!」


やっぱこうなるのかよ……分かってたさ。

いや、私だって楽しい宴会は嫌いじゃないけどさ……さすがにここ数日ずっと飲みっぱなしだからな。


「魔王様、全てのヤチロの民は魔王様に感謝しているぞ。あのド腐れ領主からヤチロを奪い返せたのは魔王様の助力があったからに他ならない。どうか我らの感謝を受け取って欲しい。」


あらら……えらく嬉しいことを言ってくれるじゃないか。確かにその通りだと思うけどさ。だから最高級の畳を要求したわけなんだけど、それじゃあ安いもんだよな。


「分かってるさ。今後のヤチロの繁栄に乾杯しようぜ。」


「お前たち! 魔王様がヤチロの繁栄に言祝ことほぎくださったぞ! これで我らヤチロの未来は約束されたも同然だ! 皆の者! 杯を掲げよ!」


大袈裟だよ……


「おおおおお!」

「ヒチベ様ぁーー!」

「あんたが大将!」

「ヤチロ最高ぉおーー!」

「ヤヨイ様に踏まれたい!」

「オリベぶん殴る!」

「女神様にも乾杯するんじゃあーー!」


こいつらどこから集まりやがった……

いや、分かってるさ。ここ連日ずっとだもんな。私の周囲で宴会が始まるのは。今日だってヒチベがあれこれ喋る前から吟遊詩人が集まってるんだからさ。結局こうなるのかよ。

別にいいけどね。私だってここ連日ずっと飲み続けて、幾分か心が晴れてきたような気がするんだからさ。


今日だけ。そう、今日だけはとことん飲みまくって……明日、目が覚めたらクタナツに帰ろう。懐かしき美しきクタナツへ。今の時期だと大襲撃が起きてたりしないかな。あればっかりはなぁ……二年連続で起こったかと思えば、五年間何も起こらなかったりするからなぁ……全く読めないんだよな。


だが今だけ……そう、今だけは何も気にせずにヤチロのみんなと……この時間を楽しもう。

フォルノの野郎なんかしれっと結婚してやがったし。畳作りに全精力を傾けたんじゃないのかよ。でもめでたいな。奥さんは優しさの塊って感じの女性だったし。たぶんお似合いだと思う。

フォルノの弟である客室係だってイロハといい感じらしいし。あちこちでめでたいことだらけだよ。イロハの妹ちゃんは相変わらずカムイのブラッシングしてるし。カムイもまぁあ気に入っているらしい。私の以外のブラッシングで? くっ……カムイの浮気者め!


あ……吟遊詩人が歌い始めた。いいなぁ。これはいい曲だなぁ。ヒチベを讃える曲なのかな。まったりとして滑らかな旋律。音色がまるで最上級の畳みたいに私の肌を撫でてくれる。いいなぁ。今日はいい日だ。アレクは綺麗だしコーちゃんはかわいい。カムイはもふもふだよな。


ヒイズルで過ごす日常もそろそろ終わりか。

クタナツに帰って、少しゆっくりしたら……

次はどこへ行こうかな。ふふ、楽しみだなぁ。

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