1902話 それぞれの望み

くっ……寒い……丸裸になってしまった……

頭も痛い。魔力を全て渡したからか。気を抜くと意識が飛びそうだ。

魔力庫の中身も空っぽ……全て失ってしまったのか……

でも、この程度で済んでよかったのかな。さっきは何も考えずに、応じてしまったけど……


「クロミ、ポーションちょうだい。」


「ニンちゃん一人でやりすぎだしー。うちだって協力する気だったしー。」


「すまん……つい、な。お、ありがと。」


ふう……国王から貰った魔力ポーション、くそまずい。だが魔力は三割近く回復した。


「キサダーニ、何か服くれ。」


「ほらよ。」


革パンに綿の肌着、まあ悪くないかな。臭くないし。


「ありがとよ。」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


ん? コーちゃんとカムイも神に何か言ってる。


『よかろう』


え? 何を言ったの?


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


えぇ!? 二人ともアーニャのために……徳を……というか人間以外も徳ってあるんだな。知らなかった。でも考えてみれば当たり前のような気もする……

ありがとね、コーちゃんもカムイも。


「タイショーの神よ。ここまでやったんだ。アーニャは平和な世界で幸せに生きていけるよな?」


『おそらくはな。少なくとも本人の意に沿わぬ理不尽な目に遭うことは少なかろう。精霊の祝福は大きいゆえな。さて、次は誰か』


「待て、もう一つある。アーニャの記憶はどうなる? 来世では……」


『さてな。幸福な人生が約束されている以上、そのような些末なものなど必要ないと判断されるやも知れんな』


誰に判断されるってんだよ……


「ニンちゃん。ここまでにしときなよ。金ちゃんだって黒ちゃんの記憶はなくなった方がいいって言ってたし。これで良かったんだよ、きっとさ……」


「クロミ……」


今回クロミには正論を言われてばかりだな。結局クロミが言った通りになったし……これ、もしかして死んだ直後だったら間に合ったのか……


「うちだって無理だとは思ってたけど……それでも神様なら……何とかしてくれないかって……」


「クロミ……」


「神様でもやっぱり無理なものは無理なんだね……なんとなく分かってたけど……ほら、切り替えていこうよ!」


クロミが片膝をついた。


「神様、この者を元の体に治してやっていただけますでしょうか。」


『よかろう』


アレク! 腕が! やった……元通りだ!

腕だけじゃない。全身がきれいになってる!


「ありがとな、クロミ。」


「礼を言う相手が違うくなーい?」


「違わないさ。クロミありがとう。タイショーの神もありがとよ。」


現金なものだ。アレクが治った姿を見たら一気に気分が良くなってしまった。


『次は誰だ』


「ドロガ、お願いしたらー?」


「お、おお……えー、あの、か、神様……俺、記憶がなくなってるみたいで、治して欲しいんす……けど……」


『よかろう。心が一部壊れておるようだな。治してやったぞ』


「クロミ!」


「ドロガ?」


「クロミぃぃーー!」


「ちょっ、ドロガ!」


おー。ドロガーの奴も元通りになったのかな。クロミにめちゃくちゃ抱きついてやがる。クロミも嬉しそうな顔しちゃって。めでたしだな。


『次は誰だ』


「えーっと、最後は俺か? いいのか? 俺何もしてない気がするんだが……」


「気にすんな。何でも言ってみればいいさ。」


キサダーニだって道中ではそれなりに役に立ったもんな。


「そ、そっか……そんじゃあ……北の端に迷宮があるよな? そこの踏破に必要な技能というか強さが欲しい。俺とこっちのドロガーにだ。可能だろうか?」


『よかろう。強さは無理だがその程度の祝福ならくれてやろう。これでそなたらは海中でも呼吸ができるようになった。ただし魔力を消費するから気をつけるがいい』


「あ、ありがと……ございました……」


ほう。四つめの迷宮は海中なのか。私やアレクなら問題なさそうだな。行く気はないけど。


『これで全て終わったな。そなたらの勇戦は忘れぬ。特に白王龍の収束ブレスを正面から跳ね返したそなたよ。もう一度やれと言われてもできぬであろうが、我は感服したぞ。それに免じて無礼な言葉遣いも身の程を超えた願いも許してやった。帰りはあそこから出るがよい。大儀であった』


「世話になった。くれぐれもアーニャの来世を頼んだぞ。平和で豊かで、何一つ不自由のない満ち足りた生活ができるように……」


『我が決めることではない。だがそなたらが差し出した対価は過分であるゆえな。不自由することはあるまい。では、さらばだ』


「ああ。またな。」


私やアレクはもう来ないとは思うが、人生何が起こるか分からないもんな。


出口はあれか。外は少しぐらい暖かくなってる頃だろうか。

ヒイズルに来て、アーニャを発見し……

アーニャを死なせて、ヒイズルから出ていく……

何も手に入れることもなく、むしろ私は全てを失った。だが、そんなもの所詮は消耗品だ。また手に入れればいいだけのこと。

アレクは無事だしコーちゃんやカムイだって無事。クロミだって死ななかったしドロガーも元に戻った。


きっと、これで良かったんだと思う。

薄情な気もするが私とアレクが作るであろう家庭に、アーニャは……


ごめんなアーニャ。

どうか来世で幸せに過ごしてくれ。

ルイネス村に墓を立てて骨はそこに収めようとも思ったが、遺体が丸ごと神の目の前で消えてしまったんだよな……


もう祈ることしかできない……

元気でな……綾。

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