1901話 旅立ち

は……?

な……い、今、何と言った……!?


む、むり……?

う、うそだよな……?


『無理だと言ったのだ。我に二度同じことを言わせるな。そなたでなければ追い出すところだ』


「ざけんな! お前神だろ! 神にできないことがあるとでも言うのかよ!」


『何を当然のことを。我は全知でも全能でもない。死した人間を生き返らせることなど死と再生の神であらせられるトリローナ様とて不可能だ』


バカな! そんなバカなことがあるかよ! なんでだよ! なんでできないんだよ!


『逆に聞くが何故できると思った? そなたは今までの人生で死したものが生き返る様を見たことでもあるのか?』


ない……あるわけがない……

で、でも神なら……神なら何でもできるんじゃないのかよ! アーニャの時間を戻すことだってできたじゃないかよ!


『できるわけなかろう。魂の錬成や創造など一介の下級神の手の及ぶところではない。時の遡行などと一緒にするな』


錬成? 創造? 何言ってんだ……?

時は戻せるのに……


『そなたならば知っておろう。死した者の魂が何処に行くかを。そしてその者の魂もとうに旅立った。もう二度と戻らぬ場所へとな。ならばその肉体を蘇らせるには別に新たな魂が必要なのは言うまでもあるまい』


待て……待てよ……

意味が分からん……

旅立ったって何だよ!


「ふざけんな! 俺は本気で言ってんだよ! ガタガタ言ってないでアーニャを生き返らせろ! お前それでも神かよ!」


『やれやれ。シューホーのがそなたのことを愚者と言っておったが誠だったようだ。同じことを言わせるな。その者の魂はすでに旅立った。せめて来世での安寧を祈ってやるがよい。もっとも……』


「もっとも、何だよ! 言え! この下級神がぁ!」


こいつ自分のことを下級神って言ったよな? なら! 中級神や上級神だっているってことだよなぁ!?


『最上級神たるトリローナ様でさえ死者の蘇生は不可能だと言った。そなたはどこまで愚者なのか。もっとも、その者の来世は赤痢菌のようだな。次も、その次も。数千世代を赤痢菌として過ごすらしい』


赤痢菌……?

と言われてもよく分からない……

分からないが……アーニャの人生は……いやもう人間として生まれることもないってことなの……か?


『その通りだ。その者はどうやら罪人のようだな。まともな来世にはなるまい』


罪人だと!? アーニャが!? なんでだよ! いい加減にしろよ!


『そなたに免じて教えてやるが、その者は親より先に死したのだ。まごうことなき大罪であろう。そもそも徳がないのだ。そのような扱いとなるのも当然であろう』


ぐっ……それを言われると……

私だって同じことをしてしまったから……反論できない……

だが、徳がないだと!? アーニャが今生で……どれだけ辛い日々を過ごしたと思ってやがる! 徳を溜める余裕なんてあるわけないだろうが!


「神様、横から失礼いたします。私、今はなきソンブレア村はダークエルフ族のクロノミーネハドルライツェンと申します。」


え、クロミ?


『うむ。何なりと申すがよい』


「せめてこの者の来世での幸せを祈ってやりたいと存じます。お聞き届けいただけますでしょうか。」


『よかろう。そなたが身を挺してまで望むのであれば、その旨を届けてやろうではないか』


「ほら、ニンちゃん! 神様がこう言われてるんだよ! どうすんの!? 男でしょ! 黒ちゃんの幸せを祈らないでどうすんの!」


「は……え、ら、来世?」


「ニンちゃんが祈らないと黒ちゃん酷い目に遭うんだよ!?」


もうだめなのか……!?

アーニャは生き返らないのか!?

もう、来世のことを考えるしかないのか……?


『迷宮踏破の望みをこの者の来世のために使うと言うなら好きにせよ』


だめなのか……どうあっても……アーニャは蘇らないのか……


『当然だ。望みがないなら下がってよいのだぞ』


タイショーの神よ……死んだ人間が生き返る方法は無いんだな? いかなる方法を用いても不可能ってことなんだよな?


『そなたも諦めが悪い人間だな。確かに世の中に絶対に不可能と断定できることは少ないであろう。だが我が知る限りその者が生き返る方法はない。これはトリローナ様であっても同様だ。その程度は我にも分かる』


膝から崩れ落ちる……だめなのか……

アーニャ……


あんまりだろう……!?

徳を前借りしてまで!

私を追いかけてこの世界まで来たのに……

そのせいで悲惨な人生を送って……


そのあげくの果てがこれかよ!

あんまりだろう!

神も仏もいないのかよ!


『神はいるが仏はおらんな。管轄が違う。それより望みがないならもう出ていくがよい』


望み……あるに決まってる……

くそ……涙が止まらない……

体が自然と前に折れる……正座のまま手を床につける……冷たい。


「タイショーの神よ……アーニャの来世を……どうか、どうか幸せにしてやってください……」


額も地につける。やはり冷たい。


『いいだろう。対価を示すがよい。我が責任を持って届けようぞ』


届ける……こいつ自身がするわけではないってことか……


『当然だ。我のような矮小な神ができることなどたかが知れておる』


下級神だって言ってたもんな……

対価……


「私の……徳を全てアーニャに……渡してやりたいです……」


そんなことが可能なのかは分からないし、どの程度溜まっているのかも分からないが……


『よかろう。この者の来々世が人間となる程度には足る』


お、おお……

だが、それだけではまだまだだな……人間として生まれるだけで、また同じような人生だったらどうするんだよ……


「私から……使えるものは全て持っていってください。魔力でも何でも。」


『全てか。なら全てを捧げるがいい。身につけているもの、わずかに残った魔力、身のうちに宿した全て。そこまで捧げるのならばこの者は幸せな来世となるであろう』


「捧げます……」


私は最低だ……生まれ変わってまで追ってきてくれたアーニャを守ることもできず……みすみす死なせてしまった。

そして生き返らせることもできず、見送ることもできず……ただこうして来世のために祈ることしかできない……

神に頭を垂れて頼むことしか。


そして何より最低なのが……こんな状況なのに、身を切るような絶望を感じない……

先ほどのアレクを見た時のような。目の前が真っ暗になるほどの絶望感を。ただ、どこまでも悲しいだけ……まるで親友が死んだ時のように……


くそ……分かってしまった。

私はアーニャを、綾を愛していなかったんだ。

追いかけてきてくれたという事実。そして過去の関係による情。決して愛情ではなく、ただの情。そんな情による行動でしかなかったんだ……


ごめん……ごめんよ綾……

どうか来世で幸せになってくれ……

さよならだ……

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