1891話 出陣前

翌朝。まだ歩けるほどではないが、自力で起き上がれるし食事もできるほどには回復した。

そして出発前。


「こんなのを用意してみたわ。私とお揃いよ。」


「ナイフ? あ、ムラサキメタリックなんだね。これはいいね。かなり切れそう。」


刃渡り三十センチぐらいか。ナイフってより短剣かな。おっ、鍔というかヒルトって言うんだっけな。柄の上にこいつがないと刺した時に手を滑らせて自分の指を切り落としたりするんだよなぁ。


それを革の鞘に入れてベルトで腰に吊るすわけね。こんなのいちいち収納してたら魔力の浪費が酷いもんね。


「これはいいね。かなり役立ちそうだね。ありがとね。」


「ちょうど私も短剣を砥ぎに出したから。天道宮で適当なのを見繕ってみたわ。たぶんこれ切れ味そのものではサウザンドミヅチの短剣に劣るでしょうけど、硬いものを切った後で差が出そうね。」


「そうみたいだね。いい物を手に入れたね。」


サウザンドミヅチの短剣以上にこいつは手入れが必要なさそうだもんね。これが量産品と考えるとさっさとヒイズルを併合しといて正解なのかねぇ。量産と言えばいずれメリケイン連合国が短筒どころかライフルを量産しそうな気がするんだよな。

でもまあいくら航路があるとは言え、そうそう行き来できる場所じゃないけどさ。滅多なことでは攻めてきたりしないよな?

バンダルゴウからオワダに渡るだけでも相当大変だったのに。それをメリケインまで行くとなると一体どれだけ時間がかかることか。




「カース。目覚めたようだな。」


ロビーに出ると兄上が来ていた。いいタイミング。


「おはよ兄上。そういえば晩餐会の時起こしに行けなくてごめんね。」


「そんなことはどうでもいいさ。もう大丈夫なのか?」


「うん。どうにかね。まだ歩けないけど魔力は全快したよ。だから今から迷宮に行ってくる。」


「そうか。一緒に行きたいところなんだがな……」


「いやいや、いいって。兄上だって忙しいと思うしさ。あ、そうだ。陛下に伝言を頼めるかな?」


これって結構不敬なんだけどさ。私と国王の仲ってことで許してもらおう。


「仕方ないな。何だい?」


「だめならだめでいいんだけどね。言うだけ言っておいてくれると助かるんだよね。あのさ……」


やっぱあると便利なのは国王直属の身分証だね。これは欲しい。なんせ今の私ってローランド王国に属してる身分証が何もないんだしさ。ギルドカードすらないし。

楽園の免税許可証や楽園へ結界魔方陣実装の許可証は楽園に置いてるから問題ないけどさ。

それからオリハルコンだな。私の分はともかくコーちゃんの首輪用に欲しいんだよな。そりゃあ私の分も貰えるもんなら貰いたいけどね。


それからヒイズル国内で集めたローランド人の扱いだ。あれだけ大きい船で来てるんだからついでに乗せて帰ってもらおう。あと、あちこちで集めたローランド人に対して金を払う約束になってるからそれも丸投げで。だって私もう金ないもん。テンモカやオワダに寄って支払いとローランド人の回収を頼んでおこう。イカルガの財産を全部没収したんだからそれぐらい楽勝で払えるだろうしね。丸投げサイコー。


「ってとこかな。身分証はそのうち王都に行った時にでも受け取りに顔を出すって伝えておいてくれれば。」


「分かった。それにしてもカース。僕は心底お前が誇らしいぞ。よくぞそこまでやってくれた。お前は本当にすごい男だ。勲章がいくつあっても足りないと思う。」


「兄上……」


私の気まぐれでやったことなのに、兄上にここまで言われるとめちゃくちゃ嬉しくなっちゃうよ。


「お前が周知した落とし前もきっちりつけておく。ローランド王国民を虐げた罪は重いからな。だからカースは何も心配せず迷宮に行ってこい。」


「兄上……ありがとね。うん、全員揃ったことだし、行ってくるね。陛下によろしく。」


落とし前。ローランド人の目を潰したり足の腱を切ったりしていたら同じ目に遭わせるってやつだ。私は話してないのに知っていたか。さすがの情報収集だな。

さて、ロビーにクロミ達も揃ったことだし、再び行くとしようか。タイショー獄寒洞に。


「あー、ニーちゃん今朝も来てたんだー。ニンちゃんが起きてよかったねー。」


今朝も?


「やあクロミさん。カースを頼むよ。」


「もしかして兄上、僕が寝込んでいる間って毎日来てくれてたの?」


「ちょっと様子見に立ち寄っただけさ。大した手間じゃない。」


そんなわけあるかい。そりゃあこの宿は天道宮から近いけどさ。近衞騎士の朝が暇なわけないだろ。まったく……この兄上はどこまで私を泣かせてくれるんだよ……迷宮では腕を失いかけるしさ。


「ありがとね……ちゃんと無事に帰ってくるから。その頃には兄上はもうイカルガにいないかも知れないけどさ。落ち着いたら王都の兄上んちにも顔出すから。」


「ああ。カースに限ってそこまで心配してないさ。またな。」


「うん。行ってくるね。」

「行ってまいります。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」

「行ってくるしー。」

「魔王の兄貴は近衞騎士なんかよ……」

「かなり強ぇってお前が言ってたんだけどな……」


宿の外に出て城門へ向かう。いきなり飛び立ってもいいが城壁を警護している宮廷魔導士の仕事を増やすのも悪いからな。飛ぶのは城門を出てからでいいだろう。


タイショー獄寒洞か。速攻で踏破してやる……

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