1887話 アレクサンドリーネとクロノミーネの思惑

側近さんが案内してくれたのはやはり食糧庫だった。かなりの大きさだな。天道宮の中はすっかり荒らし回ったと思っていたが、まだまだ行ってない所はあるもんだね。




私は米や肉塊など重い物を中心に収納し、アレクは味噌などの調味料を中心に収納した。もちろんコーちゃんの希望で酒もいただいた。


「よし。こんなもんかな。後は装備だね。着替えが欲しいんだよね。アレクは?」


「私は別にいいわ。」


「それでしたらこちらへどうぞ」


この側近さん仕事ができるタイプだな。つーか国王の側近なんだから仕事ができないはずがないよな。


見覚えのある廊下を通って到着したのは……ジュダの私室だった。


「この部屋の物はご自由にお持ちください」


「助かります。」


ジュダの物ってのがかなり嫌なんだけどね。でもまあ、あいつって生意気にいい服着てやがったしね。シャツ類ぐらいはいただくとするかな。さすがに下着は要らないけど。いくら高級でもさ。




「よし。これで準備は済んだ。じゃあクロミと合流して……おっとと……」


今ごろ酔いが回ってきたかな……やけにふらつく……


「カース?」


「何でもないよ。大丈……」


「ピュイピュイ」


大丈夫だよコーちゃん。痛って……あはは、何もない所でこけちゃったよ。おかしいな。意識ははっきりしてるんだけど。


「失礼」


側近さんが私の額に手を当てて軽く魔力を流す。


「これ危険な状態ですよ? すぐにお休みください。こちらへ」


危険……?


『浮身』


アレクが私を浮かせる。


「案内をお願いします。」


「こちらです」


アレクは取り乱した様子もなく私を運ぶ。

あ……だめだ……意識が飛びそ……






「ご心配をおかけしました。私がもっと早く気付くべきでしたわ。」


「いえ、構いません。それより魔王殿はどうされたのですか? かなり血を流されたようでしたが」


「先ほどのジュダとの戦いで左手を失いかけたせいだと思います。ちぎれ飛んだ左手を治癒する必要があるためにポーションも飲まずに戦い続けたせいで……」


どうやらカースは貧血で倒れたらしい。左手を失いかけた状態からの暴飲。おまけに魔力もほぼ底をついているため無理もないことであろう。

おまけに左手だけでなく肋骨が数本折れた上に首まで痛めていたのだから。


「そうでしたか……ジュダを相手に壮絶な戦いだったとは聞いておりましたが」


「恐ろしい相手でした。ある意味、剣鬼フェルナンド様よりも……こう言うとカースは否定するんでしょうけど。」


「なんと……剣鬼殿よりも。それを殺さずに制圧してのけるとは、やはり魔王殿は役者が違うようですな。陛下が一際目をかけておられるのも当然かと」


「ありがとうございます。」


案内されたのは医務室だろうか。広く清潔そうな室内にはいくつかベッドが並んでいた。


「ではそちらに寝かせてあげてください。私は治癒の魔法が使える者を呼んで参りますので」


「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。」


側近コンフレイドルは出ていった。


「ピュイピュイ」


心配そうにカースの頬をチロチロと舌でつつくコーネリアス。


「コーちゃん。大丈夫よ。カースのことだから、きっと……」


「ピュイピュイ」


鎌首を縦に振った。




十分ほど経っただろうか。医務室にやって来たのはクロノミーネとカースの左手を繋いだ宮廷魔導士だった。


「ニンちゃんが倒れたって聞いてさー。だいたいニンちゃんは無理しすぎなんだしー。」


「クロミ……」


「血を流しすぎたそうですな。この魔法はあまり使いたくないもので先程は放置しておりましたが。倒れたとあっては使った方がよいでしょうな」


「増血の魔法使えるのー? 魔力足りるー?」


「ええ。相手は魔王殿ですし、そこまでたくさんの血は必要ないでしょう。では、いきます」


『増血回流』


宮廷魔導士はカースの心臓に手を当てて魔法を使っている。


「大丈夫ぅー? ニンちゃんって魔法が通りにくいから大変っしょー。」


「うむ……そうだな……」


「あ、そーだ。ちょうどいいからうちもやろーっと。」


クロノミーネもカースの腹に手を当てた。


「クロミ、何をするの?」


「んふふー。ニンちゃんって無理しすぎだからー。しばらく休めるようにしてあげようかと思ってさー。えーっと……どーこかなー?」


クロノミーネの額に汗が見える。


「見ーっけた。もーらいっと……はぁ……マジ疲れたし……」


「クロミ? いったい何を……?」


「ちょっとニンちゃんの魔力庫に干渉してねー。黒ちゃん貰ったしー。」


カースの魔力庫に収納されていたアーニャの死体を自分の魔力庫に入れ替えた、ということだろうか。


「そ、そんなことしてどうするつもり?」


「簡単だしー。うちが迷宮を踏破すればいいしー。いつまでもニンちゃんにばっかり負担かけるのってよくなくなーい?」


「それはそうかも知れないけど……アーニャのことを考えたら全員で踏破していった方が確実だと思うわよ?」


「んー。それもいいけどねー。ニンちゃん当分起きないよー?」


「当分って? どれぐらい……」


「五日ぐらいじゃーん? だってさー……『深睡落眠しんすいらくみん』うちが眠らせるから。」


クロノミーネが使ったのは眠りの魔法らしい。


「クロミ……どういうつもりかしら?」


「んー。金ちゃんだって気にしてるんじゃないの? ニンちゃんが無理しすぎてることをさー。この分だと目を覚ましたらすぐ迷宮に飛んで行くくなーい?」


「そうね。間違いないと思うわ。」


「でっしょー。だからしばらく眠らせとけばいいしー。本当はこの魔法ってうちが解かないといつまでも眠り続けるんだけどー。ニンちゃん相手にそれって無理じゃん? 今は魔力が超減ってるから効いたけどさー。」


「分かったわ。ところでクロミがここまでするのはカースのため? それともアーニャのため?」


じっとクロノミーネの目を見据えて問いかけた。


「うーん……両方かなー。さっきニンちゃんに悪いことしちゃったし。ニンちゃんだって悲しくないわけないのにさ……金ちゃんはうちが行くのって反対?」


「そうね……反対ね。もしクロミまで死んだりしたら……そんなの悲しすぎるじゃない……」


「金ちゃん……」


部屋に沈黙が訪れた。

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