1886話 クロノミーネの悲しみ カースの焦り

ステージで演奏を続けるアレク。その周りに集まったのは楽器を持っている宮廷魔導士たち。私だってギターがあればなぁ……

そんなアレクをステージにへばり付いて見てる。あぁ……真っ赤なドレスが超似合ってるよ。首を飾る煌めくアレクサンドライトも素敵。うっとりするなぁ。酒が進むなぁ。でも変だなぁ。全然酔えない……


ん? 肩を叩かれた。誰だ?


「ニンちゃん……」


「おおクロミ。やっと来たか。飲んでるかっがはっ……」


殴られた……痛えよ……

アレクの演奏だけが止まった。


「何しやがる……」


「黒ちゃんのこと……聞いたよ。ニンちゃんが付いてて! なんでよ! あんまりじゃん! 黒ちゃんの人生はこれからじゃん! なんでよ!」


クロミ……そんなにアーニャのことを……

そういえば祝福を貰ってくれたり換装を使えるよう願ってくれたり……かなり良くしてくれたもんな。


「なのになんで今こうやってヘラヘラしてられるのよ! 黒ちゃん死んだんだよ! 悲しくないの!?」


クロミ……とりあえず殴り返す。ちっ、魔法防御張ってやがる。


「悲しくないわけないだろ! 俺を何だと思ってんだよ! そんなことも分からないか!」


アーニャの人生を考えてみろよ! 私に先立たれて、次の人生を賭けてまで追ってきたんだぞ!? そりゃあ前世で自殺したわけじゃあないけどさ。

そのせいで地獄のような生活を送って……奴隷どもの慰み者にされて……心までぶっ壊れてたんだぞ!? それがようやく! ようやく真っ当な暮らしができる矢先だったんだぞ!

それが……それが……


「クロミ……私もカースも悲しくて仕方ないのよ……いくら飲んでも酔えないぐらいには……」


「金ちゃん……」


「それになぁクロミ。俺だって望みは捨てちゃいない。迷宮を踏破して神に祈るさ。諦めるのはそれからでも遅くはないだろ……」


「そりゃそうだけど……うちは無理だと思うし……」


クロミにそう言われると弱気になるじゃないか……


「何か無理な理由があるのか?」


そりゃ死者を生き返らせることがそもそも無理なんだけどさ……


「人間はどうだか知らないけど……うちらダークエルフは死んだら体から魂源こんげんが抜けてイグドラシルを通して神の御許みもとへ昇るとされてるし……」


「だから?」


「黒ちゃんの魂源だってそうだとしたら……今ごろはもう神の御許にいるんじゃ……逆に人間なんだしイグドラシルもないし、昇れないとしたら何か悲惨なことになるかも知んないし……」


あ!


アーニャの魂が転生管理局に行ったのだとすれば……あそこで転生手続きやって生まれ変わるまで一体どれだけの時間が……


いや、そもそも私達の時間の概念が通用するかどうかも分からないけどさ……

分かることは、一刻も早く生き返らせなければ、転生してしまうかもってことか? しかもアーニャは『徳』を前借りしてるって話だったから……次の人生は……人生ですらないかも知れない……虫とか畜生とか……下手すりゃ大腸菌とか……


「ありがとうクロミ。ちょっと行ってくる……」


「どこに?」


「迷宮に決まってる。急がないと……」


「ダメに決まってるし! 行くならうちだって行くし! どうせ行くはずだったんだし!」


「時間がないんだよ!」


ぬっ? 今度は後ろから抱きつかれた。この感触は……アレク。


「もちろん私も行くわよ。コーちゃんだってカムイだって。迷宮は六人で行くのが最適なんでしょ?」


「あ、そ、そうだね……」


「ドロガは役に立ちそうにないしー。六人目はいなくてもいいかな。」


六人目か……


「むしろクロミはドロガーを連れてってやれよ。そして治してもらえばいいんじゃないか?」


「それもいいけどねー。ドロガ次第だしー。」


あいつはあいつで大変だよな。


まあいい。ならば準備にかかろう。着替え、食糧。それからポーション類か。ちょうどいいや。


会場の上座、ステージより高い位置に国王の席はある。国王に近寄る私を側近さんは頭を下げて見送った。顔パスか。


「どうしたカース。何やら揉めておったようだが。」


「いえ、大したことではありません。それより少々陛下にお願いがございまして。」


「ふむ。言ってみよ。お前の願いならば大抵のことは聞き届けてやらねばなるまい。」


「陛下のお手持ちのポーションと魔力ポーションを全てください。」


遠慮はしない。私だって自分の功績ぐらい自覚してるからな。


「よかろう。ほれ。」


うほっ。どっさりあるじゃん。ポーションに魔力ポーションがそれぞれ二十本てとこか。しかも国王の私物だし、かなりの高性能と見た。私が愛用していた市販の高級品よりだいぶ上だろう。


「ありがたくいただきます。ちょっと明日からまた迷宮に潜ることになったもので。陛下はいつまでヒイズルにおられますか?」


「さあな。クワナの治世が安定するまで、と言いたいところだが、そうもいくまいよ。南の大陸にも所用があるゆえな。」


「そうでしたか。あちこち大変そうですね。」


国王自ら親征とはね。さすがに勇者の末裔だけあるよな。前王だって自ら魔境の開拓やってるし。


「カースよ……お前のせいでもあるのだがな。」


「え? 私ですか?」


「くくく、お前のおかげと言い換えようか。ヒイズルに渡る前、バンダルゴウやラフォートで暴れてくれおったな。ヤコビニの残党を相手にな。そのおかげもあってフランツウッドの計画がより円滑に進んでおるのよ。しかもその過程で教団とヒイズルの関与も浮かび上がってきた。したがって、余が自ら攻め込むこともできるようになったということだ。」


へぇー。証拠が見つかったんだ。すごいな。

それならあの辺りの貴族を取り潰すのにも丁度いいんだろうね。美味しいところを持っていくもんだなぁ。


それにしても……なんとまあ。色んなところに影響が出るもんなのね。そういえば辺境伯も似たようなことを言ってたな。私のせいでトンネル掘ることになったとか。時代が動いてるってことかな。私には分からない……それどころじゃないし。


「いつもお前には助けられてばかりだな。何ならこの国はお前にくれてやってもよいのだが。その場合は天公領などではなく、魔王国とでも呼ぶか。だがお前のことだ。欲しくなどあるまい?」


あらあら。魔王国って名前は悪くないが、さすがに要らないな。


「そうですね。全く要りませんね。米や味噌まいそ、ワサビや畳なんかはすごく欲しいですけどね。」


「くくく。その辺りは好きなだけ持っていけ。後でコンフレイドルに案内させるゆえな。」


ほう。食糧庫へご案内か? いただくとも。


「ありがたくいただきます。それでは陛下、また王都に立ち寄った際にはご挨拶に伺います。今宵はこれにて。」


「うむ。何かあればいつでも訪ねて参れ。本来ならばお前がヒイズルに来てからのことをじっくり聞かせてもらうはずだったのだからな。楽しみに待っておるぞ?」


「はい。失礼します。」


国王臨席のパーティーで国王より先に帰るのは不敬なんだけどね。悪いが好きにさせてもらう。


「ではこちらへどうぞ」


「ええ。」


この側近さんがコンフレイドルって言うのかな。呼びにくいなぁ。コンさんでいいかな。

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