1885話 晩餐会の行方とヒイズルの命運

ステージに立ち、会場を見渡す国王。やっぱ威厳があるよなぁ。この辺がジュダとは大違いだ……貫禄が違いすぎる。


『お前達が気になっていることを伝えておこう。今後のヒイズルの命運についてだ。』


属国にするって話だったよな。まだ世間には周知してないのか?


『ヒイズルは今後我がローランド王国の属国として生まれ変わる! ジュダの犯した愚行は天都イカルガを全て灰塵と化すことで償ってもらうはずだった。しかし! 天王家の若き次代に免じ、属国とすることで決着を見た! 国を追われてもなお、お前達国民のために体を張って国土を守った男。それがクワナ・フクナガだ!』


へー。クワナってそんなことしてたんだ。何やら国王と密約でも交わしてたのかねぇ。

おっ、ステージにクワナとサテュラちゃんが現れた。二人ともヒイズルの礼服で身を固めてるね。クワナは黒のシンプルな羽織袴、サテュラちゃんは振袖風の鮮やかな着物か。


『ジュダの愚行についてはおいおいクワナより説明があるだろう。この中には関係した者もいるとは思うがな。だが、今ここに立っている者に新たに罪を問うことはない。お前達はもうすでにローランド王国民。我らはもう同胞なのだから!』


「うおおおおーー! ローランド国王陛下ばんざい!」

「ローランド王国に栄光あれ!」

「なんという慈悲! なんという御心!」


会場のあちこちから拍手と歓声があがる。これは本心か、それとも仕込みだろうか。やってることはどう考えても侵略なんだけどね。


『うむ。お前達の忠誠を嬉しく思うぞ。今後もそのまま変わらずにいて欲しいものよの。さて、ヒイズルについてだが属国とは言ったが少々変わる点がある。この際だから伝えておくとしよう。』


忠誠心なんか誰も持ってないだろう。国王も分かってるくせに。で、変わる点とは?


『まず、ここの正式名称だがヒイズル天公領とする。つまり、クワナは天王てんおうではなく天公てんこうとなる。名称こそ違うがローランド王国の公爵や辺境伯と同格として扱うことになっている。天王陛下ではなく天公閣下と呼ぶがよかろう。』


はぁー。なるほどね。言われてみればそりゃそうだな。ローランド王国で陛下と呼ばれるのは国王一人だけだもんな。てことはこれもう属国化ってより併合じゃん?

それにしても天公か。初めて聞く名前だな。なんだか手品が上手そう。公爵や辺境伯と同格ってことは大公よりは下なのね。名前的には大公より上っぽいのに。


大公か……フランツウッドの奴がバンダルゴウを含むタンドリア領を手に入れたら大公になれるって話だったな。えげつない王族だわ。


『従ってヒイズル国内の公爵位は廃止とする。異存はあるまいな?』


あっても言えるわけないだろ。いきなり降格かよ。公爵といえば普通は王家の血筋なんだよな。あー、そりゃ新体制には邪魔だよな。


うーん、会場は静まり返ってる。晩餐会する気あんのか? 盛り上げては盛り下げちゃってさー。


『そうか。異存はないようだな。結構だ。ではヒイズルの新たな旅立ちだ。初代天公クワナ・フクナガ・ヒイズルより挨拶がある。心して聞くがいい。』


あー、もうフルカワ家じゃないってことね。お家断絶なのかな。そしてジュダの息子達はガン無視か? いや下手すりゃ処刑ってこともありうるな。どうでもいいけど。


『ジュダが天王の座に着いて……どうにか天都を脱出し……ローランド王国まで逃げました。』


前置きなしかよ。


『ヒイズルの民として、天王家の血を引く者として唾棄すべき怯懦と言われても反論はできません。ですが、そのおかげでクレナウッド陛下に直訴することができ、イカルガが灰になることを防げたのです。この一点だけでも僕が天公の座に着くには充分すぎる功績だと自負しております。』


おおー。言うねぇ。直訴ってのは嘘だろうけどさ。つまりクワナは傀儡だな。そのためにノルドフロンテから呼ばれたと見える。こいつも苦労するねぇ。


『ジュダの残した傷跡や諸外国との付き合い方。問題は山積みですが皆さんと協力しあって取り組んでいきたいと考えております。何卒よろしくお願いします!』


そう言って拳を突き上げたクワナ。会場はまばらな拍手。仕方ない。助け舟出してやるか。


『天公閣下ばんざい!』

『天公妃様もお美しいわ!』


おお、アレクも協力してくれたよ。

ここでようやく拍手の数も増え、声援もボリュームを増した。お前らが率先して新たな支配者に媚びを売らないでどうするんだっての。覚えをめでたくしておかないと冷遇されるぜ?

こりゃあクワナも大変だよな。がんばれ。




「おう魔王ぉ……」


「ん? おおセキヤか。久しぶりだな。お前はどうするんだ? 騎士長にでもなるか。」


「うるせぇんじゃあ……」


「あれ、お前えらく元気がないな。大丈夫か?」


こいつらしくもない。


「クワナの奴がよぉ今まで俺に何も言わんでよぉ……なぁにが天公じゃあ……」


「何だ。拗ねてんのか? ダチが出世したんだから喜んでやるのがヒイズルの男じゃないのか?」


知らないけど。


「俺に一言ぐれぇあってもいいだろぉがよ……」


「知らねーよ。男同士なんてそんなもんだろう。それともお前はクワナを見捨ててノルドフロンテに戻りたいのか?」


「そ、そんなこたぁねぇけどよぉ……」


だいたいどの程度話をしてないのか、聞いてないのかなんて私には分からないからな。好きにしろとしか言えない。


「クワナはこれからが大変だろうぜ。ダチなら助けてやれよ。」


「そ、そんなことぐれぇ分かっとんじゃあ! 助けるに決まっちょるけぇのぉ!」


急に元気になりやがった。顔がだいぶ赤いな。相当飲んでるんだろうね。私も飲もう。


「ほれセキヤ。天公クワナに乾杯しようぜ。」


「お、おおよ! クワナに乾杯じゃあ!」


なんて単純な奴なんだ……


「アレクも飲もうよ。今夜はとことんね。」


「ええ。私もうかなり飲んでるわ。なのになぜかしら……酔えないわね。」


「アレク……」


いかんいかん。こんなことじゃだめだ。もっと盛り上げていかないと。


「そうだ! ステージでバイオリン弾いてよ! ローランド王国国歌をさ。そしたら僕が歌うよ!」


「そ、それはちょっと……」


『聞こえたぞカース! ステージに上がって参れ! アレクサンドリーネもだ!』


おお、国王は地獄耳かよ。それとも集音の魔法でも使ってやがったか?


「よし行こうよアレク。きっと陛下もアレクのバイオリンが聴きたいんだよ。」


「そ、そうかしら……でも行かなきゃね……」


私達がステージに向け歩き出すと人が割れた。コーちゃんはテーブルで酒を飲み続けているが、カムイは先を歩いている。今日のカムイは私の護衛だからな。




ステージ上。国王の隣に立つ私達。


『さてお前達。もはや知らぬ者はおるまいと思うが紹介しておこう。彼の名はカース・マーティン。ローランド王国が誇る豪の者である。ヒイズルにも魔王の名は轟いておるようだな。この魔王カースが今回の立役者でもあるのだ! 愚王ジュダの蛮行に真っ向から対峙し! お前達を苦役から解放することに一役買っておる! ローランド王国にて余以外で唯一『王』の名を冠することを許された英傑なのだ! 改めてこの場で顔を覚えておくがよかろう!』


国王め。えらく持ち上げてくれるじゃん。

おお……会場がざわついてるよ。私の顔を知らなかった者の方が圧倒的に多いだろうからな。


『ではローランド王国国歌斉唱だ! 演奏は氷の女神ことアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルである! 用意はよいな!?』


「それでは僭越ながら……心を込めて弾かせていただきます。」


アレクのバイオリン。久しぶりだな。あぁ、いい音色……


『幾千の軍勢 幾万の魔物


いかな敵に 襲われようと


敗走するは 勇者にあらぬ


いと高き道 あな低き水


進めよ進め 撃ち砕けき


我ら勇者が 勝利する』


私だけではない。

国王も歌ってる。

宮廷魔導士も歌ってる。中には楽器を演奏している魔導士もいるのか。

サテュラちゃんも歌ってる。意外なことにクワナまで歌ってる。


『幾千の味方 幾万の敵


いかな劣勢 陥りても


逃走するは 英雄にあらぬ


士気高き民 意気低き敵


進めよ進め 薙ぎ払えり


我ら勇者が 勝利する』


うぅーん。いつ聴いても勇壮でいい曲だよなぁ。この晩餐会、目的はとことんローランド王国の凄さをアピールすることなんだろうな。逆らう気など少しも起こさせないようにさ。

だいたい国王だって西の山をめちゃくちゃに削りまくってんだから誰も逆らおうなんて思わんだろうに。


その上でクワナを王に据えて支配体制までガッチリ固めてさ。やることがえげつなくて隙がないよなぁ。やっぱ本物の王族は違うね。まったく……


うーん。それにしても、なんだか楽しくなってきた。もっと飲もう。

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