1883話 アレクサンドリーネの提言

天道宮の廊下を歩いていると声をかけられた。なぜこいつがここに?


「どうも魔王さん。ご無沙汰しております。」


クワナ・フクナガじゃん。


「お、おお久しぶり。いつヒイズルに戻ったんだ?」


「ほんの数日前です。ローランドの国王陛下の船で来たもので。」


「あれで!? あっ! じゃあノルドフロンテから陛下に呼ばれたってのはこのためってこと?」


「そんなことまでご存知とは。そうなんです。北の開拓に従事していたら突然現国王陛下からの親書ですからね……びっくりしましたよ。」


「ふーん。で、結局何のために? まさか里帰りに協力するためじゃあるまいし。」


「あ、それはこの後晩餐会で発表することになってますので……お楽しみってことで。」


そこまで気になる内容じゃないけどね。それよりこいつには言っておかないといけないことがある。


「そんじゃ楽しみにしとくわ。それよりすまん。お前から預かった手紙を失くしてしまった。事情は後で話すが、母親への大事な手紙だったろうに。すまなかった。」


頭を下げる。角度は六十度。


「いやいやそんな! 魔王さんが謝るようなことじゃないですって! もともと無茶なお願いだったんですから!」


必ず届けると約束をしたわけではないが、国を離れた息子が母親に宛てた手紙だと思うとな。罪悪感も湧くってもんだ。


「ついでにもう一つ知らせがある。お前の母親はすでに保護してギルド近くの治療院にいる。たぶん元気だと思う。」


「聞いております。ジュダによって監禁されてたんですよね……姉上や甥等を人質にして……何から何まで、本当にありがとうございました。」


「知ってるならいいさ。ああそうだ。イカルガに馴染みの仕立て屋とかっていたりする?」


「ええ、天王家御用達の仕立て屋ならありますが……」


「明日にでも紹介してくれよ。お気に入りのシャツが全滅してしまってな。少しばかり困ってるのさ。」


「分かりました。喜んでご案内しますとも!」


よし。ついでに金も払わせよう。なんせ今の私は一文なしだからな。


「それはそうとあいつはどうした? セキヤは。」


自称ヒイズルの勇者セキヤ・ゴコウだったか。


「もちろん一緒ですよ。今ごろは会場で飲み食いしてるんじゃないでしょうか。」


天王家の御曹司と野良勇者。妙な組み合わせだよなぁ。


「アレックスお姉様。お久しぶりですの。」


また誰か現れたかと思えば……この子ってダミアンの妹だよな。名前は……忘れた。


「サテュラ。やはりあなたも一緒だったのね。」


「当然ですの。お姉様こそ妙なところでお会いしますの。」


あー、サテュラちゃんか。この子もやるよなぁ。クワナが大会で優勝したのはいいとして、その後ノルドフロンテにまで付いていったんだから。そしてついにはヒイズルまで。よっぽどクワナに惚れこんだのかねぇ。


「じゃ、じゃあ魔王さん。僕らはこっちなので。後ほどお会いしましょう。」


「ああ。後でな。」


それにしても、あれだけぶち壊した天道宮がきれいに直ってるよなぁ。むしろ元よりきれいになってない?


えーっと、会場はこっちか。あっ、今思い出した! 兄上を起こすことになってたんだ。まいっか。兄上は働きすぎだからな。この際とことん寝ていてもらおう。


「アレク、アーニャが飛び出した理由、兄上にはごまかしておこうね。」


「そうね……それがいいわ……そもそも私の不用意な一言さえなければ……私のせいよ……」


しまったぁぁーー! そういえばそうだった……


「い、いや、そんなことはないと思うけど……」


「それを棚に上げて言わせてもらうわ……」


「ん? 何かな?」


「アーニャはカースに相応しくないわ。正直私はこれでよかったと思ってる。腕の未熟さや精神的な脆さは構わないわ。私達が守ってあげればいいんだから。」


「アレク……」


これで……よかった……だと!?


「でもカースの命を危険に晒したことは許せない……もし、ジュダの切り札とやらが頭に命中したら……いくらカースでも即死だったんでしょ?」


「そ、そうだね……」


「そうなったら私も死ぬわよ? カースがいない世界で生きてても仕方ないんだから……

だから……それだけにカースを追ってここまで来たアーニャだから、側室として認めていたのに……」


アレクが……死ぬ……


「そうだね……ジュダに操られていたことなんか理由にならないよね……」


「でもアーニャを生き返らせることには反対しないわ。可能なのかは分からないけど。もし生き返ったとしたらアーニャの記憶を消すことを神に願うわ。カースへの想いも、辛い記憶も、全て……」


「アレク……」


「悲しいことだけど、クタナツで貴族として育った私達と村落で平民として育ったアーニャでは棲む世界が違う……それを無視して一緒になろうとした結果が……これなんだと思うわ……」


一理ある……気がする……


「でも、決めるのはカースよ。私はそれに従うだけ。カースが決めたことなら私は喜んで受け入れるわ。」


「分かったよ……考えておくね……」


前世の記憶も何もかも消して、平凡な村娘としての適当な記憶を植えつける……神ならそれぐらいできるだろう。だが……不幸になどなって欲しくない。前世の分まで、今生で酷い目に遭った分、幸せになって欲しい……


私達と一緒だと……これから先まだまだ旅は続けるだろう。迷宮なんかだと守ってやることはできる……しかし、イグドラシルみたいな場所だと不可能だ。アーニャが自分で自分の身を守らなければ……


そう考えると……アーニャとはここでお別れが正解だったのか……アレクの言う通りか。

というかアレクはきっとそこまで考えてるんだ。この先も似たようなことは何度でも起こる……ならば、アーニャの身の安全を考えたら……


「カース。着いたわよ。一旦難しいことは忘れて……今夜は楽しみましょ? 私もかなり飲みたい気分だし。」


「うん。そうだね。ガンガン飲もう。飲んで踊ろう。」


私が頭を使うとロクなことがない。ここはいつものコーちゃんのアドバイス通りでいこう。その場その場で最善だと思ったことをする。

そうだ。それだけでいい……

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