1879話 カースとジュダ

そんな! 綾! しっかり、しっかりしろ!

そ、そうだ! ポーションだ! 私のポーションは最高品質の『松位』なんだ! この程度の腹の穴なんか!


この程度の穴……

なんか……


「ぷぷぷ! やっぱ君って縄文人だねぇ。死人にいくらポーションかけても意味ないのにさぁ。あーもったいない。」


「し……にん……?」


「見て分かんない? どう見ても死んでるじゃん。即死だよ。遺言を聞く暇もなかったねー。好きな男を庇って死ぬなんて男冥利だねぇ。よかったね?」


「かばって……?」


「うんうん。僕に改変魔法をかけられながらも君を庇ったんだね。これは愛だね。命をかけた愛だ。素晴らしい。どうだい? 命懸けで愛された気分は。でも残念だね。君がだらしないから彼女死んじゃったよ。情けないねぇ。君のせいだよ?」


「おれの……せい……」


「そうだ。君のせいだ。天王たる僕の言うことに従わず、好き勝手にふるまった。迷宮踏破だなんて調子に乗って僕の国をめちゃくちゃにしたあげくローランド国王を引き入れた。許し難い大罪だね。だからそいつは死んだのさ。君のせいでな!」


「ちがう……」


「いいや違わないね! 君は世の中なめてるダメ人間なんだよ! 何でも自分の思い通りになると思ってるなぁ! そんな心が彼女を殺したんだ! 申し訳ないと思わないのか! この人でなしがぁ!」


人でなし……おれは人でなし……なのか……


「死者を悼む気持ちはないのか? 素直な心で弔ってやりたいとは思わないのか? それでいいのか? 悪鬼羅刹のような生き方をいつまで続ける気だ? ここが分かれ目だ。いいかい? やり直すなら今しかない。悔い改めれば、きっと彼女だって許してくれるさ。そう思うだろう?」


ゆるす……ゆるされる……おれを……

先に逝ったおれを追いかけてきてくれた……あや……

今度はあやが先に逝ってしまった……のか……おれを置いて……


「大丈夫。遅くなんてないよ。分かってる。僕は分かってるさ。僕は君の味方だよ。一緒に彼女を弔ってあげるし許しも乞うてあげる。誰もそばにいなくなって泣きじゃくっていても、僕だけはそばにいてあげるさ。さあ、顔をお上げ。こっちを見てごらん?」


だれだっけ……みればいいのか……


「僕が君を救ってあげるよ。大丈夫。僕に任せておけばいいから。辛いよね。愛しい彼女が自分のせいで死んだなんてさ。悲しいよね。でも大丈夫。僕が全て忘れさせてあげるから。何も悲しいことはないよ。さあ、僕の目をよく見るんだ。」


目……みる……こいつだれ……目……


「そぉーそぉー。いいよいいよー。さあ見てごらん。楽に楽にねぇ。」


何かがはいってくる……これは……

何だろう……

目から……魔力が……




魔力!?


ざけんな!


点火つけび


「ぎぃやああぁぁああぁぁ! 目が! 目がぁあぁああああ!」


危なかった……

これが改変魔法か……何だったんださっきの心境は……こんなクソ野郎の戯言たわごとなのに、とても暖かく良いことを言われているように感じてしまった……


はっ! 綾!


なんだよこれ……

あれのせいか……あのひと回り大きいライフルの弾が私の左手もアーニャの体も貫いたってのか……いや、むしろ左手に当たってなかったらドラゴンウエストコートも貫かれていたかも知れない……

命拾いしたのか……籠手とアーニャを盾にして……


収納。心臓は止まっているし呼吸だってしてない。本当に即死なのかも知れない。だが、まだ終わってはいない。タイショー獄寒洞を踏破すれば……それでだめなら最後の迷宮だって踏破してやる。神の力なら……ここから蘇生させることぐらいできるだろ……できるよな……なぁ神……


……長い戦いだったがようやく終わりが見えたな。


「立て。」


「いぎゃああああがぁがああーー!」


「立てって言ってんだろ! いつまで遊んでんだよ!」


ちょっと両目を丸焼きにした程度で。そのぐらいでお前が死ぬなんて思ってねぇよ。


「やっ、やめっ、ぐっぎゃあっおおおーー!」


うるせえよ。ちょっと右肩を踏んだだけだろうが。


「立て。」


「ま、まてまてまってぇ! いでぇよぉ! 目っ、目が! 目がぁあああ!」


「うるせぇよ。」


左肘は踏み潰した。何がムラサキメタリックだ……ドラゴンブーツで思い切り踏めばその程度かよ。


「ひぎゃあああがががいぎぎぃぃひーー!」


「ジュダぁ……お前のその目、もう治らないぜ。切り傷なんかと違って焼失だからな。」


「ひぃぎゃっ、そ、そんなぎゃばああぁぁ!」


知らなかったんだろう? 私は全身どこからでも魔法を撃てる。もちろん目からだってな。

目の前にてめぇの無防備な眼球があるとなれば……そりゃあ焼くだろ。


「治す方法があるとすれば……」


「治してぇ! 治してぇぇええ!」


「本物の聖女に頼むことだろうな。偽者なんかじゃなくてな。」


「何でもっ! 何でもするからぁ治してぇぇええーー!」


「いいぜ。頼んでやるとも。」


「ほ、ほんとぉ!? 本当にぃいい!?」


「だから約束だぜ。俺の言うことに従えよ? なぁに心配しなくても殺しはしないさ。戦い終わればノーサイド。タイマン張ったらマブダチだろ?」


「わっ、分かったあががががぁがぁががぁぁっあっああっあああぁぁぁーー!」


かかった!

やった! ついに、ついに。


「そこを動くな。喋るな。いいと言うまでじっとしてろ。」


うん。よく効いてるね。返事すらできまい。終わってみればあっさりだな。本当はすぐにでも殺してやりたいが、聞きたいことがたくさんあるからな。

おっとと……くそ、左手がないとバランスが悪いって本当なんだな……ふらつくな。

左手を探さないと……


「カース……」


「アレク! 大丈夫なの!? どこか痛くない!?」


「カース……これ……」


それ、私の左手! 助かった! うわぁ……籠手も袖もなくただ左手だけ。汚銀のバングルは手首に付いたままか。きれいに切断されたわけじゃないから……うまく治るだろうか……クロミに期待だな。収納っと……


「ありがとね。探してくれたんだ。はは……アーニャごとやられちゃったよ……」


「……アーニャは?」


「……僕の……魔力庫の中……」


「死んだのね……どうするつもり? 弔うの? それとも……」


「生き返らせる。ヒイズルの迷宮だろうが、山岳地帯のイグドラシルだろうが……何としてでも。」


「カースならそう言うと思ったわ。ねぇカース、私もう疲れたわ。帰りましょうよ……カムイだってそう言ってる気がするわ。」


「ガウガウ」


おお! カムイ! 大丈夫なのか!


「ピュイピュイ」


ぎりぎりだったの? 到着がもう五分遅れてたら呼び戻せなかった? 呼び戻すって何だよ……


「そうだね。帰ろう。僕も疲れたよ……」


魔力はもうすぐ空っぽ。無痛狂心が切れたら激痛が襲ってくるんだろうなぁ……

でもそのぐらいの痛みがある方が……気が紛れていいのかもな……


なぁ、アーニャ……

お前のバカな行動に振り回されて……大騒ぎして……大勢の人間を動かして……

その挙句に一人だけ死んじまうなんて……バカだよお前は……


一番バカなのは、私だろうな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る