1878話 すき、口付け、すき。

アーニャがゆらりと立っている。それは別にいい。ムラサキメタリックを装備している。それもいい。アーニャは換装が使えるようになっているのだから。

ただ……もしかして宿から飛び出た後でムラサキメタリックを装備していたんだろうか? そうだとしたら魔力を全然感じなかったことも納得がいく。寒いか何かの理由で換装を使ったんだろうか。しかし、なぜアレクのコートを着ずにわざわざ鎧なんかを装備したかが分からない……そこまでして一人になりたかったとでも言うのか?

お前一人のためにどれだけの人間が動いてると……


「かずま……きて……抱きしめて……」


かずま……だと!? やはり聞き間違いではなかったか……


「ジュダぁ! てめぇやりやがったなぁ!」


余裕かましてニヤニヤと見物してやがる……


「んー? 何のことだい?」


「とぼけやがって……」


「かずまぁ……はやくぅ……」


くそ……ジュダなんぞに構っている場合じゃない!


「アーニャ……いや、あや。抱きしめてやる。来い。」


「はあぁ……かずまぁ……」


ムラサキメタリックを纏っていても普通に歩けるようになっている。しかしその手には……


「綾、それ捨てろ。」


「これ……? すてるぅ……」


それ、ライフルだよな? なんで持ってんだよ……とても扱えないだろうに。ジュダの野郎いったい何をさせやがった……


「おやおや。魔王君の言うこと聞いちゃって。妬けるねぇ? あーもう、そんな乱暴に扱わないでくれよぉ。」


ジュダはジュダで何余裕をかましてやがる……こっちはお前の動きだって警戒してんだよ……

そっちにはアレクが倒れているからな。


「すてたよ……」


「鎧を収納しろ。」


「しゅうのう……」


迷ってるのか? それとも換装に慣れてないだけか……


「こう……?」


できたか。なぜだか分からないが私の言うことは聞くようだ。


「そうだ。抱きしめてやる。来い。」


私からは近寄らない。ジュダとはこのまま距離を取っておくために。あいつはまだニヤニヤとこちらを見ているだけだ。何を考えてやがる……


アレクは起き上がってこない。カムイは身動きがとれない。コーちゃんはそんなカムイに巻きつき、喉あたりを噛んでいる。

そして私の目の前にはアーニャ、いや綾……


「かずま……あいたかったよぉ……ずっと、ずっと……」


「綾……」


そんなイカれた、飛んだ目で……真っ直ぐに見つめられると……どうしようもなく悲しくなる……


抱きしめる。細い……本当に細い。折れそうだ。そんな非力な体で私をひしと抱きしめ返してくる。


『解呪』


「ぎゃははははぁ! だから無駄だって。改変したんだよ。今のそいつはその状態が普通なんだよ! だから治せるわけないじゃん。分かんないかなぁ?」


ジュダの言うことなど一つも信じる気はない。だからこうして確かめるしかなかった。零距離での魔力特盛解呪で……くそっ……


「綾……」


「んーなぁにぃー?」


私の胸に顔をうずめたまま。くぐもった返事だった。


「おやすみ。」


「んー?」


私の顔を見上げてくる。


『快眠』


「かず……ま……」


うっ、腕を私の首にまわして……口付けをねだ……


待ってろ……絶対治してやる。絶対に元どおっがぶほぉっっっ!?




何だ……弾き飛ばされたのか……突然デカい音がしたと思ったが……いったい何が……?

やけに腹が痛い……これ、骨が折れてるのか……? 肋骨あたりが……

くそ、首も痛い……ムチウチか?


『無痛狂心』


ふぅ。この汚れは……血? おかしい……私は怪我なんか……ドラゴンウエストコートだって傷は付いてるが、それだけだ……


「うぅーんしぶといねぇ。まさか吹っ飛ぶだけで済むとは思わなかっ、あれ? 左手ぶっ飛んでるじゃん。いいの?」


左手? は?


なっ!?

わ、私の左手が!?

な、ない!?

そんな! バカな……エルダーエボニーエントの籠手だぞ!? それを貫いたってのか!?

どこだ!?

どこだよ左手ぇ!


くっ、ジュダが……右手をぶらぶらさせながら近寄ってくる。こいつ肩を脱臼してるのか? なぜ……


「あー痛い。子供の体であんなの撃つもんじゃないね。」


あれは……アーニャが捨てたライフル? よく見れば迷宮で見たのより少し大きいような……ごっついと言うか……


「それにしても余裕かましすぎじゃない? 僕の前でラブシーンだなんてさ。いやー妬けるねぇ。でも戦闘中だよ?」


『狙撃』


死ね……


「まだそんな元気あるんだ。すごいね。無駄だけど。ムラサキメタリックは無敵だよ? まだ分からない?」


短筒……こいつ左手でも撃てるのか……


『狙撃』


「お前も学習しないガキだな……こっちはお前みたいな下手くそとは違うんだよ……」


今度は銃口にぶち込んだ。


「痛てっ。あーだるっ……あ、そうそう。彼女を犠牲にして自分だけ生き残った気分はどう?」


は?


は?


なん……だと……!?


「見て分からない? ほらそっち。」


その手に乗るか……どうせ私の視線を逸らして……その隙に……

その隙……なっ!?


「綾っ!?」


なんだよ! なんだよそれ!

何がどうなってんだよ!


なぜ……


なぜ!


胴体にそんな大穴が空いてるんだよぉぉぉぉ!


「綾っ! 綾ぁあああぁぁ!」

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