1876話 カムイの危機

ムラサキメタリックに身を包んだアーニャが、アレクサンドリーネをきつく抱きしめる。見ようによってはタイプの違う美少女の競演ではあるが……


「かずまぁ……もう離さないよぉ……」


『身体強化』


アーニャの拘束から逃れるべく自身に魔法をかけ、力を込める。ギリギリとアーニャの腕が開く。


「もっと力を入れないと愛しの彼が逃げちゃうぞ?」


「ガウゥアー!」


アレクサンドリーネの邪魔をするなとばかりにジュダの正面に立つカムイ。その口からは魔力の刃を伸ばして。


「あらら。この狼君たら僕を殺す気かい? いいのかなぁ。どうなっても知らないよ……おぉー速っ。全然見えなかったよ。」


カムイがジュダの横を通り過ぎたのだろう。ジュダの袴、膝の辺りがすっぱりと切れていた。しかし……出血はない。


「ふふっ、本当は足を斬り落とすつもりだったんだろぅ? さすがに獣は容赦ないねぇ。でも無理無理。」


切れた袴の隙間から見えるのは紫の光。


「ガウガァー!」


それでもカムイは止まらない。今度は体当たり、いや頭突きか。ジュダの腹に命中した……だが……


「へー。そんな速さで頭突きしといてよく額が割れてないね。君すごいね。僕のペットになりなよ。美味しい餌をたくさんあげるよ? 何でもさ。」


『ガウゴアアアアアーーーー!』


さほど広くもない通路に響き渡ったカムイの魔声ませい。ジュダ達にはあまり影響がないだろうになぜ……? しかも酷く濃密な魔力が込められていたらしく……アレクサンドリーネは気を失っている。


「鼓膜が破れるかと思ったよ。うるさすぎ。飼い主の躾が悪いようだな、この野良犬は。僕がしっかり教育してやらないとな。」


『ガウゴァバオアアアアーーーー!』


さらに大きな魔声。さすがのジュダも耳を押さえている。そしてカムイの姿が消えた。


「くっ、どこに……ぐっ!?」


ジュダの左手が弾かれた。カムイに首を狙われたのだろう。たまたま耳を押さえたために命拾いをしたらしい。


『換装』


姿も見せずに襲うカムイを相手に、さすがに余裕がなくなったらしい。頭部まで鎧兜に覆われてしまった。


「があっ!?」


今度は後頭部を蹴飛ばされうつ伏せに倒された。ダメージはないにしても見えない攻撃というものは恐怖を誘う。


「調子に乗るなよ……この野良犬がぁ……」


粘水ねばりみず


ジュダを起点に通路の床や壁、そして天井を薄い水の膜が覆っていく。


「ガウ」


つい先ほどまで見えなかったカムイが姿を現した。天井に四本足で立っている。


「ふっ、そんな所にいたのかい。いくら速く動けても足場がそれじゃあどうにもならないよね。そのままじっとしていてもらおうか。もうすぐ君も僕のペットになるんだからね。」


「ガウァァ……」


牙を剥き出しにして唸るカムイ。その脚は水の膜に沈み込み、天井に貼り付いているように見える。


「本当はあっちのかわい子ちゃんからやりたいんだけどねぇ。君の方が厄介だからねぇ。先に済ませておきたいってわけさ。僕も大変だからあんまり使いたくないんだけどなぁ。改変魔法ってさ?」


「グゴアァ……」


「ふふ、そんなに怖がらなくてもいいじゃあないか。仲良くしようよ。犬は犬らしく人間に尻尾振るのが幸せってものさ。ふぅう……さぁてそろそろいい頃合いかな。じっくりと君の心を『改変』してあげるからね?」


ジュダの体内を魔力が巡る。

練り上げられた魔力が目に集まっていく。


「さあワンちゃん。僕の目を見てごらん? 美しい目だろう? 見ずにはいられないよねぇ?」


カムイは目を閉じて顔を背けている。


「ふふ、無駄な抵抗だよ。それならば時間をかけてじっくり沁み込ませるだけのことさ。面倒ではあるがね。まっ、その分屈服させた時の楽しみも大きいよね。君を、いや君たちを奪われた魔王君がどんな顔をするか。ふふふ、いやぁ楽しみだねぇ。」










「ギャワワッギャワワッ!」


コーちゃんの警告! どうしたコーちゃん!?


「ピュイピュイ」


なっ!? カムイが!? 分かった! すぐ行こう! 分かったよ! 天都の中だね!


「おいガキ。これやる。またな。」


サービスで十万ナラー。もうエチゴヤの残党狩りなんかしている場合ではない。


「えっ、あっ、ちょっ!」


『浮身』

『風操』


本来なら城壁を飛び越えたいのだが、宮廷魔導士や近衞騎士が封鎖してるだろうからな……

くっそ……私が頼んだことなのに裏目に出てしまった……正門に回るしかない。一刻も早く……


夕方にはまだまだ時間はある。どうにか通してもらうしかない。最悪の場合は近衞騎士を叩きのめしても……お尋ね者になってしまうが仕方ない。カムイが助けを求めるってよっぽどのことだもんな。


見えた正門! ちっ、かなり人が多い……やっぱ封鎖されてるよな……

とりあえず邪魔なこいつらをどうにかしないと……いくら何でも無実の一般人を皆殺しとか高波で流すなんてことはできないし……


となると……


あれしか思いつかない……


やってやるよ……どうせ元はエチゴヤのだ。惜しくなんてない。


少し正門から離れたところで……


『お前らこっちに来い! ローランドの魔王が金をまくぞ! 早いもの勝ちだ!』


魔力庫からヒイズルの貨幣を取り出し……派手にばら撒く。金だけじゃない。同じくエチゴヤから押収した貴金属や原石もだ。


「うおおおっ!? マジだぁ!」

「俺のだ! 全部俺んだぁ!」

「どけこらぁ! そいつぁわしが目ぇつけてたんだぁ!」

「きゃあこれ孔雀石よぉー!」

「よこしなさいよ!」


よし。大成功。正門の前からは誰一人いなくなった。意外なことに門番の赤兜は騒ぎに加わってない。びっくり。


「中に入りたい。近衞騎士を呼んでくれるか?」


身分証を提示する。


「呼ばなくても入れますけど。呼びますか?」


「え? 入れるの? じゃあいいや。頼む。」


ちなみに袖の下はない。全部撒いてしまったからな。


「では、こちらにご記入をお願いします」


なんだよこれ……名前に出身、性別に歳。職業に装備や荷物、魔力庫内の金目の物……


面倒くさすぎる……だからあれだけ混雑していたのか……しかもこの紙……嘘を書いたら反応する契約魔法が仕込まれてやがる。外から中に入れるのは助かったが……急がないと……


くそ……カムイのピンチってことはアレクもピンチってことだ……早く……

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