1875話 アレクサンドリーネ VS アーニャ

「びっくりするじゃないか。こんな場所でそんな大声を出されるとさ。ああ、そうそう。一応言っておくけど僕を殺すとこの子も死ぬよ? ついでに天都も壊滅するかな。魔王君なら気にしないのかも知れないけどね?」


「あ、あなたはどこまで……それでも一国の王なの!」


「王だからだよ。僕は弛まぬ努力の末にヒイズル天王の座を手に入れた。つまり至尊だ。僕はこの国で何よりも尊い存在なのさ。よって他の全てはカスだね。それとも君んとこの国王は違うのかい?」


「一緒にしないで! 勇者の血筋を! 連綿と続くローランド王家の歴史を! あなたごとき性根卑しき成り上がり者が!」


「ははは。成り上がり者なのは君んとこの勇者も同じじゃないのかい? ああそうか。つまりこの僕は勇者ってことか。いやぁ光栄だね。ヒイズルの勇者ジュダ。うぅーん悪くない響きだね。」


「くっ……どこまでっ!」


『氷刃円舞』


人間を取り囲み斬り刻む氷の刃。それが垂直方向ではなく通路に沿って水平方向に撃ち出された。


「アーニャ。守れ。」


「はい」


魔法に背を向けジュダを抱え込んだアーニャ。純ムラサキメタリックではないとは言え、その鎧には傷一つ付かなかった。


『業火球』


水流みずながれ


火の上級魔法はジュダによってあっさりとかき消された。


「こんな場所で火の魔法だなんて勘弁して欲しいね。頭悪いんじゃない?」


「こんな場所だからよ。どうやら私では勝てそうにないもの。とことん付き合ってもらうわよ……」


『火球』


『水流』


『氷結』


魔法をかき消されることを想定していたのだろう、アレクサンドリーネは間髪入れずジュダの水魔法を凍らせた。そして……


『たかなみ』


カースの高波を模した魔法がジュダ達を襲う。


『氷壁』


大量の水を放った後、アレクサンドリーネは通路に蓋をした。水が自分達の方に来ないように、あわよくばジュダ達の足を止められるように。


『氷壁』


三度みたび、氷の柱で帰り道をこじ開けようとするアレクサンドリーネだったが……

通路を隔てたはずの氷壁が一瞬にして崩壊。轟音とともに氷の破片が一人と一匹を襲った。


「ガウッ!」


やはりアレクサンドリーネを押し倒して庇うカムイ。やや遅れて水が押し寄せてきた。


「ガウガウガウ」


立てとばかりに吠え立てるカムイ。


『氷結』


カムイ越しにどうにか魔法を唱えて水は止まった。アレクサンドリーネに怪我はない。しかし、カムイの純白の毛皮には数ヶ所ほど血が滲んでいた。カースをして『無敵の毛皮』と言いしめるカムイの毛皮……氷の破片ごときで傷付くものなのだろうか?


「カムイ!? そ、それは!」


「ガウガウ」


どうでもいいからしっかりしろ、と言いたげに首を横に振るカムイ。


「そうね……やるしかないわね。カムイはアーニャを頼むわ。可能なら両手両足を噛み砕いて……でも、無理なら殺してあげて……」


「ガウガウ」


返事はするものの首は振らないカムイ。しかし、一瞬にしてアーニャに肉迫し勢いそのままに頭突き。もつれあうように転がった後、両前脚でアーニャの両腕を押さえつけ、見下ろしている。


「ほほう。目にも止まらぬ早業だね。さすがにアーニャには荷が重いかな。アーニャ、お前は剛力無双だ。そして目の前にはお前の愛しい男がいるぞ。全力で抱きしめろ。」


「かずま……ああ……かずまぁ……」


「ガウッ」


押さえつけてたはずの両腕が動いたことで、カムイは素早く距離をとった。負荷を失ったアーニャはその腕で空を抱きしめた。


「なんだよアーニャ。お前の愛しい男は僕じゃないのか。悲しいな。」


「私の……最愛はかずま……私の……主人はジュダ様……何なりとご命令を……」


「死になさいジュダぁ!」


呑気に会話などしている隙にアレクサンドリーネはナイフを構えて突進。柄をしっかりと左手で握り、柄頭は右手で押さえて。刃を上に向けて、体ごとジュダに突っ込んできた。

なお、突進前にわざわざ声をかけたのはジュダの体を自分の方に向かせるためであろう。アレクサンドリーネは本気でジュダを殺すつもりで……


しかし……


「だめだめ。それ結構いいナイフだよね? なのにボロボロじゃん。もしかしてムラサキメタリックでも斬ったかい? そんなナイフで僕を殺ろうなんて無理無理の無駄無駄さ。」


ジュダの前に立ち塞がったアーニャの鎧を貫通することすらできなかった。サウザンドミヅチのナイフを以ってしても。

アレクサンドリーネは忘れているのだろうか。このナイフは迷宮内でフランソワーズ・バルテレモンを貫いていることを。ムラサキメタリックに身を包んだ彼女を刺した……そう。その時点でこのナイフはもう、切れ味を失っているのだ。冒険者なら装備品の整備は命に関わる。今までサウザンドミヅチのナイフが優秀すぎたために『拭く』以外の整備を怠ったアレクサンドリーネの失策に他ならない。なまじムラサキメタリックをも貫けたために。


「あはぁ……かずま捕まえたぁ……」


「あがっごぅぶっ……」


どうやらアーニャの目にはそのように映っているらしい。

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