1874話 逃げるアレクサンドリーネ、追うアーニャ
「アレクさん待ってよぉ!」
さほど広くもない地下通路だ。少し大きな声を出すだけで、すでに離れたアレクサンドリーネにもしっかり聴こえた。
一瞬、ほんの一瞬だけ足を止めてしまいそうになったアレクサンドリーネだったが……後ろを振り返ることなく前進を続ける。カースほどの速度でなくとも走るより速く飛んでいるのだ。出口までもうすぐ……なのに、縦穴が塞がっていた。アレクサンドリーネが見たところ、何かが倒壊して塞いでいるようだ。
『烈風弾』
下から魔法を撃ち上げるが……
『浮身』
強めにかけた浮身だが、穴を塞ぐ何かはぶるぶると動きはするものの、人間一人が通れるほどの隙間が空いたようには見えない。
『氷壁』
氷の柱が上へと伸び、隙間をこじ開けようとする。
しかし……「ガウガウ!」
カムイが何やら訴えかけようとした、その時。
ズダァン!
ゴギギィ……
狭い通路に轟音が鳴り響き、一瞬遅れて鈍い音も聴こえた。氷の柱が折れて、倒れた。
「カムイ……どうにか上に隙間をこじ開けるから……カースを呼んできてくれる?」
「ガウ……」
カムイは首を横に振っている。アレクサンドリーネを置いてはいけない、ということだろうか。
「そう……ならやるしかないわね。頼りにしてるわよ?」
「ガウ、ガウァ!」
「きゃっ!」
カムイに押し倒されたアレクサンドリーネの上を何かが通過した。それが通路の奥に当たり、甲高い音を立てた。
「た、助かったわ……まるでカースの魔法みたいね……」
『遠見』
「あれって……カースが『らいふる』って呼んでた武器かしら。アーニャが……」
そう。ライフルを持ちじりじりと近寄って来るのはアーニャ。その後ろを先ほどの少年が歩いている。
「やはり操られてるのね……だから逃げたのに……アーニャのバカ……」
『穴だらけになる前に降伏したらどうだい? 命までとろうなんて思ってないんだよ?』
『吹雪ける氷嵐』
密室で使うような魔法ではないが、アレクサンドリーネはお構いなしらしい。アーニャが手首より先以外はムラサキメタリックに身を包んでいたから気にせず使ったのかも知れない。少年は見慣れない服装ではあるが鎧を装備しているわけではないことも関係あるのだろう。少年さえ仕留めれば、きっとどうにでもなる……そう考えてもおかしくない。
『氷壁』
極低温の嵐で視界は閉ざされている。今のうちにどうにか退路を確保しようと魔法を使うアレクサンドリーネ。上を塞ぐものは多少は動くが……まだ自分はおろか、カムイが通れるほどの隙間があるとは思えない。
こんな時、カースだったらどんな重さであろうともあっさり浮かせてしまうのに……いや、燃やし尽くしてしまうのかな……などと考え、さらに魔力を込めるのだった。
少年の姿は、もしカースが見たなら『弓道でもするのか?』などと思うことだろう。黒い袴に白い
ぎしぎしと音を立てながら隙間は広がっていく。目算でもう五十センチ……それだけ開けば逃げられる。アレクサンドリーネはそう考えながら氷壁に魔力を注ぎ込んでいく。
途切れ途切れにライフルから弾丸が飛んでくる。幸いアレクサンドリーネにも氷壁にも当たってはいない。
本来ならば近寄る敵を制圧、または牽制するためにもっと魔法を撃ち込みたいアレクサンドリーネだったが、脱出するための氷壁に残る魔力の大半を注ぎ込もうとしている。それゆえに他のことができない。普通の魔法使いはカースのように強力な魔法を同時にいくつも使うような真似はできないのだから。
しかし、無情にも氷壁は崩れ落ちる。たった一発の弾丸が当たっただけで。
ある程度まで近寄ってきていたはずの二人の足が止まっている。どうやらそれ以上近付く必要はないと判断したらしい。この距離でも当てることは可能だと。
「どうだい? そろそろ観念する気になったかい?」
『氷弾』
アレクサンドリーネの返事は氷の弾丸。しかし、少年に命中することはなかった。まるでカースの自動防御に防がれたかのように。
「魔王君の魔法ならいざ知らず、そんな魔法じゃあ僕には当たらないよ? さあ、十秒待ってあげる。それまでに決めるといい。抵抗するか、大人しくするかをね?」
「魔王君ですって? あ、あなたはまさか……」
「なーんだ。まだ気付いてなかったの? そっちの狼君は気付いてそうだったのにさ。」
「ガウガウ」
首を縦に振るカムイ。
「そうだよ。天王ジュダ・フルカワさ。ふふふ、偽勇者ごときが使える魔法を僕が使えないとでも思ったのかい?」
「偽勇者? ごとき? あいつは仲間じゃなかったのかしら?」
「はははっ、バカ言うもんじゃないよ。あんな頭のイカれた奴が仲間なわけないじゃない。あれは道具って言うんだよ?」
「ふぅん……ならあなたは……もう何回殺せばいいのかしらね? とても偽勇者のように気軽に体を取り替えられるとは思えないわよ?」
確かにジュダの体は明らかに少年だ。好んでそんな体に入ったとはとても考えられないだろう。
「へぇ? いい勘してるね。確かに気軽にほいほいとはいかないかな。まっ、その話はベッドでゆっくりしてあげるよ。さあ、とっくに十秒過ぎた。返答はいかに?」
「くっ……」
身動きが取れないアレクサンドリーネ。
『グオオォォォォーーーーン!』
動いたのはカムイだった。魔声で攻撃したのではない。上を向き、まるで遠吠えのように高らかに、何かを訴えかけるように。
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