1873話 アレクサンドリーネの探索
「意外と汚れてないわね。」
「ガウガウ」
孤児院内部は思ったほどは荒れていなかった。カースが破壊したのは院長室とその周辺であり、子供達が学ぶ部屋や寝泊まりする場所は無傷であってもおかしくはない。
しかしアレクサンドリーネが言ったのは、床に埃があまり落ちてないの意。つまり、最近までここには誰かがいたということになる。おそらくは子供達が。
一部屋ずつ確認していく一人と一匹。広い教室、狭い倉庫。一室に何段も連なるベッド。
教員用と思われる部屋、身分の高い者が使っていたと思われる荒れ果てた部屋。
「カースが話してたのはこの部屋ね……さすがに誰もいないわね。カムイはどう思う?」
「ガウガウ」
何と言っているのかは分からないが、カムイは首を横に振っている。
「いないのね。魔力も感じないし、きっと誰もいないのだと私も思うわ。思うのに……どこか気になるの。」
「ガウガウ」
たぶんカムイは、自分に言われても知らないよ。とでも言いたかったのではないだろうか。
「もう少しあちこち調べてみるわね……」
「ガウガウ」
好きにしろと言いたいらしい。
『氷弾』
周囲に無差別に氷の弾丸を撃ちまくるアレクサンドリーネ。
「あっちかしら……」
どうやら次に進む方向を決めるためだったらしい。廊下を奥へと進む。そちらには何があるのか。
「台所かしら。食材は……何も残ってないわね。」
たいていの施設の台所にもあるもの、それは魔蔵庫だ。性能に差はあるものの食材を腐らせることなく保存できる便利な魔道具だ。それはローランドでもヒイズルでも共通している。
そんな魔蔵庫に中身は何も入ってなかった。つまり、計画的に人がいなくなったことが窺われる。少なくともアレクサンドリーネはそう考えている。
「だめね。やっぱり誰もいないようね。無駄足だったかしら……」
魔蔵庫に食材がない以上、ここには誰もいないと考えるのが自然ではある。大抵の子供は魔力庫を持っていないのだから。
「あとはもう、トイレと浴室ぐらいかしら? 院長室はボロボロだったし……」
面倒くさそうにしながらもアレクサンドリーネに追従するカムイ。
嫌そうな顔で浴室とトイレを確認したアレクサンドリーネ。もちろん何事もなかった。
「これまでかしら。どうやら無駄足だったみたいね。悪かったわねカムイ。次に行きましょうか。」
「ガウガウ」
「あ……いえ、最後にもう一度調べておくわ。」
「ガウ……」
やはり面倒くさそうなカムイ。
アレクサンドリーネが向かったのは院長室。ボロボロであるため先程はちらりと見ただけで終わりにしていた場所だ。
今度は違う。元が何だったのかも分からないほどに破壊された木製品。おそらくは机だったのだろうか。それほどに荒れ果てた室内に足を踏み入れた。
そこは血の匂いすらもう香ることもないただの乱雑な部屋でしかない。
「奥は……あっちね……」
隠し扉すらカースによって破壊されている。そのためアレクサンドリーネはくまなく調査することができるようだ。
『氷弾』
部屋の奥に入ると、やはり全方位に向かって魔法を放ったアレクサンドリーネ。他に隠し扉でもないのか探っているのだろうか。
「なさそうね。どう?」
「ガウガウ」
カムイは首を縦に振っている。おそらくは、ないということだろうか。
「ガウガウ」
「カムイ、どうしたの?」
「ガウガウ」
首を縦に振っているのかと思えば、床を顎で指し示しているらしい。
「そこに何かあるの?」
「ガウガウ」
返事はするものの首は振らないカムイ。
「分からないってことかしら。ならいいわ。探ってみれば分かるわよね。カムイ、少し後ろに下がっておいて。」
『氷塊』
氷の塊が床にめり込んだ。
『浮身』
氷塊だけでなく、床材までもが浮いていく。
『
浮いた物体を避けると、床には下へと続く穴が姿をみせた。
「さすがカムイね。何かを感じ取ったのかしら。降りるわよ。カムイも来る?」
見ただけでは分からなかったようだが、上を歩くことで何かを感じ取ったのだろう。やはりカムイの感覚は並ではないらしい。
『浮身』
『光源』
ゆっくりと地下へと降りていく。高さは四メイルといったところだろうか。すぐに着地した。そこには細く薄汚れた通路が伸びていた。
「行くわよ。」
「ガウガウ」
『氷散弾』
前方に無数の魔法を放つアレクサンドリーネ。どうやら罠はなさそうだ。
それでも周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
「ガウガウ」
カムイが先に出た。自分の後ろを歩けと言いたいらしい。
さほど長くもない通路のため、すぐに突き当たった。取手のない扉へと。
「参ったわね。こんな扉カースでないと開けられそうもないわ。仕方ないわね。やるだけやってみるわ。カムイ、離れて。」
『氷塊弾』
『氷塊弾』
『氷塊弾』
「だめね。まあいいわ。ここが怪しいと分かっただけで良しとするしかないわね。カムイ、戻るわよ。」
「ガウ、ガウガウ!」
扉に背を向けたアレクサンドリーネにカムイが何事か知らせている。
「何かし……誰?」
「うるさいから何事かと思ったら。これはこれは金髪のお嬢さんじゃないか。そんなに僕に会いたかったのかい?」
扉が内側から開き、見覚えのない少年が顔を覗かせていた。
「誰……なの?」
「知りたければ入っておいでよ。かわいがってあげるよ? あの子みたいにさ。」
「アーニャ! アーニャがいるのね!」
「さあ? 気になるんだったらおいでよ。」
「ガウガウ!」
カムイは何やら注意でもしているようだが……
『火球』
お構いなしにアレクサンドリーネは魔法を放ち……
『浮身』
『風操』
「カムイ! 逃げるわよ!」
一目散に来た道を戻っていった……
「あーあ。つれないなぁ。もっとも、そう簡単には逃がさないけどね?」
少年の口元が嫌らしく歪んだ。
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