1855話 さらばタイショー獄寒洞

さて、これでもう用はないかな。だんだん寒くなってきたし、さっさと帰ろう。


「カース、ありがとう。私……何もしてないのにもらってばかりで……」


「いやいやいいんだよ。あ、結局ジュダとは話せなかったね。たぶん話さなくて正解だったと思うけどさ。」


「そうだよね。ドロガーさんでさえ洗脳されちゃったぐらいだし……」


「アーニャも的にしてたっぽいし何事もなくてよかったよね。魔力庫への収納とか換装とか、まだ難しいとは思うけどさ。少しずつ慣れておこうな。覚えたらめちゃくちゃ便利だからさ。」


換装に慣れてしまうとボタンのつけ外しですら面倒になってしまうのはどうかと思うが。


「うん……あれこれ教えてよね。私今までほとんど使えなかったんだからさ……」


だよな。点火つけびとか水滴みなしずくなどの初級魔法が少ししか使えないって言ってたもんな。


「カース、あれはどうするの?」


「あれ?」


アレクが指差す方を見ると……ん? あれは……ジュダが使っていたライフルか。他にもう一つ大きなやつもあるな。どうせ壊れてるんだろうけど……一応ムラサキメタリック製だしゲットしておいて損はないか。収納……さすがに今の魔力だと無理だな。それにしても……おっもぉ。こっちは普通のライフルじゃないよな。確か対物ライフルとかって言うんだっけ? 私の徹甲弾ほどもある弾丸を撃てるんだよな。

考えてみれば不思議なんだよな。エチゴヤの奴らが使ってた短筒も、このライフルも。火薬の匂いが全然しなかったんだよな。何か違う方法で弾丸を撃ち出してるってことかな。引きがねだってないみたいだし。

まあそれはまたでいいや。今はさっさと帰ろう。



帰りはクロミの魔法で三十一階の入り口までひとっ飛び。私は座ってるだけで何もしてない。乗員は私達とは別にもう三人。天都イカルガの魔道具職人三兄弟だ。


「えれぇ寒ぃけどここどこなぁ?」

「これぁどんな魔道具だ? 飛んでんじゃねぇか」

「兄貴ぃこれ魔道具じゃねえよ。魔法だぁ」


「ここはタイショー獄寒洞。これは浮身と風操の魔法。術者はあの女。もうすぐ外に出るぞ。」


「おめぇは誰なぁ?」

「見慣れん服装してんなぁ」

「メリケインかローランドなんじゃ?」


「正解。このドロガー以外は全員ローランド人だ。」


あ、クロミは違うけど。まあ別にいいよね。


「ドロガー? あぁ! てめっ傷裂ドロガーじゃねぇか!」

「ほんとだあ! 傷裂ぃ! てめぇえれぇ大人しいじゃねぇか! 何とか言えやぁ!」

「一年ぶりか? イカルガぁ離れたって聞いたけどよぉ?」


おお、さすがに知り合いなのか。


「一年ぶりじゃねぇよ……ざっと五年は経ってんぞ……つーかその辺の話は出てからしようぜ……」


ドロガー元気ないなぁ。自分の手でクロミを刺したもんだからヘコんでるのか? でもシューホーではクロミから刺されたからおあいこだよな。


「はぁ!? 五年だぁ!?」

「意味分かんねぇぞぁ!?」

「まあまあ落ち着こうぜ。おれだって意味分かんねぇし」


五年!? そう言われてみればこの三人ってやたら真っ白だな。青白いと言ってもいい。そんなにも長い間この迷宮にいたってことか?

とても屈強な職人には見えないよな。


「着いたしー。もう外出るんだよねー?」


「おお、クロミありがと。出ようか。そこら辺の壁に手を当てて念じれば出られるらしい。」


三十階から降りてきた出口の横の壁だ。


「待ってくれクロミさん。外には近衞騎士団や宮廷魔導士がいるはずだ。僕が先に出よう。」


さすが兄上。クロミ対宮廷魔導士なんて見たくないもんね。


「あっそーお? 別に順番なんかどうでもいーしー。」


「ありがとう。ではみんな。お先に。」


壁に手を当てて、兄上は消えた。


「ほら、ドロガも出よ。いつまでもウジウジしてるなんてカッコ悪ーい。」


「う、うるせぇよ……出るに決まってんだろ……」


クロミとドロガーも出ていった。


「ほら、お前達も行け。そこの壁に手をついて適当に外に出るって念じたらいいから。」


迷宮を知らない人間に言っても意味が分からないとは思うが。ヒイズルの人間ならば知らないはずはないだろう。


「お、おお……」

「迷宮か……」

「ほら兄貴、出ようぜ」


三人とも消えた。


「アーニャ、どっちかの手だけ籠手を外せる?」


「ん、やってみ……んぬはぁ!」


はは、さすがに無理か。全部収納しちゃったか。でも問題ない。


「換装使えたね。お見事。じゃあ出ようか。」


「う、うん。ちょっと頭がふらつくけど……先行くね……」


アーニャも無事出ていった。残るは私達だけだ。


「じゃあアレク。僕らも出ようか。」


「ええ。イカルガに戻ったらゆっくりしたいわね。」


ライフルはアレクに持ってもらい、対物ライフルは私が肩に担いだ。まじで重いなこれ。


よし。ではコーちゃんにカムイ。一緒に出ようか。


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


やたら寒くて面倒な迷宮だったけど、いざ帰るとなるとどこか名残惜しいな。ここの神はいい感じのやつだったし。たっぷり酒を用意してまた来るのもいいかもね。


さらばタイショー獄寒洞。

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