1823話 カリキュール・ド・ベクトリーキナーの魔法

普段よりゆっくり目に飛ぶ。コーちゃんの感覚だけが頼りだからね。方角もコーちゃんの言うがままに。頼むぜコーちゃん。


「ピュイピュイ」




今のところ変化はない。羅針盤を見ながら普通に北西へと進むだけだ。


「この中でどなたか『判別』の魔法を使える方は?」


ベクトリーキナーさんが訊ねてきた。私は使えないけど。


「私は使えますわ。」


「持ち主見つけるやつ? ウチも使えるしー。」


「それは何より。今回のように追跡する場合にはさほど使い道もないとは思うが、それでも思わぬ事態は起こるもの。機会は逃さずにおきたいものだからな。」


まあ本人の手元を離れてから十分、十五分が勝負の魔法だもんな。私が今着てる魔導絹布のサイケコートだって一応はジュダの物だからな。これに魔法が効けば追跡に利用できた可能性は少しだけある。効けばの話だけど。


今回の場合は道中で何か奴の落とし物でも拾った場合に役に立つこともあるだろう。もっとも、近くまで行けばカムイが見つけてくれるから大丈夫ではあるが。カムイ対策をされてなければ……な。

つーかジュダの野郎は私が死んだと思ってるはずなんだけどな。その辺りはどうなんだ? 天都に帰って情報収集することなくいきなり逃げたってことだよな? どこかで気付いたんだろうか。


「ピュイピュイ」


「近い気がする? よーし、ここからはさらにゆっくり行くよ。全員下をよく見ててね。」


これだけもの人数が上空から睨んでいる。何かに隠れてない限りすぐに見つかるだろう。でもこの辺りってめっちゃ山じゃん……起伏は激しい上に木もかなり繁っている。冬だってのに……常緑樹かよ。


「ガウガウ」


「あっちが怪しい? よし。」


進路を少しだけ北に向ける。


「コーちゃんとカムイは優秀だな。よかったなカース。」


「まあね。助けてもらってばかりだよ。そういや兄上って召喚獣いるの?」


「いや、いない。必要ないと思ってな。いつか必要になる時が来たら考えるさ。」


「それもそうだね。」


そもそも私が召喚獣を手に入れようとしたのは楽園の番をさせるつもりだったからなんだよな。もっとも普通の召喚獣だと不可能なんだけどさ。召喚してる間はずっと魔力が減るんだから。


「ニンちゃーん。あそこ見てー。」


「どれどれ?」『遠見』


クロミの指差す方を見てみる。


そこにあったのは洞窟……しかも入り口には何人もの赤兜……つまりあそこは……


迷宮ダンジョンか!」


「みたいだねー。もしかして天ちゃんってあの中に逃げたんじゃん?」


あり得る……ジュダの野郎……何て面倒なことしやがる……


「とりあえず入り口の赤兜を制圧しよっか。それから話を聞こう。」


見たところ赤兜は十人。ムラサキメタリックも纏ってないし楽勝だ。


『落雷』


死なない程度に威力を落としてある。気絶してなくとも痺れて動けないだろ?


「うっ……何もの……」

「俺たちを誰だと……」


意識があるのは二人か。


「ベクトリーキナーさん。こいつらの口を軽くしてやってくれない?」


「いいだろう。」


宮廷魔導士ならこんな時どうするのか興味があるんだよね。


『催淫』


「さあお前たち。気分はどうだ?」


「あはぁ……きもちぃ」

「ぞふぇ……んっぽん……」


「おっと、いかん。一人壊れてしまった。まあ話すのは一人いればいいだろう。さあ魔王殿、好きに質問してやってくれ。」


うわぁえげつなぁ……濃度百倍のいけないお薬かよ。精神が壊れないようギリギリの快楽を与えてるって感じか?


「ジュダを見たか?」


「ジュダってだぁれぇ……」


だる……


「お前らの天王陛下だよ!」


「みたぁ……」


「いつだ?」


「きのぉかおととい……いっひぁ……」


一日違うじゃねぇかよ!


「今はどこにいる?」


「だんじょんのぉなかぁ……あっひゃ……」


「何のために入った?」


「だれかぁよぶってぇ……えしぇ……」


誰を? あ、ここには偽聖女のバルテレモンがいるんだったか。でもあんな女がいたところで戦力にはならんぞ? 一体誰を……


「ここに赤兜は何人いる?」


「よんひゃあくぅ……くくっあは」


シューホー大魔洞は千人だったが、ここは四百。全員がムラサキメタリックに換装できるとすると結構な戦力だが……


「天王は元気だったか?」


「おつかれみたぁい……かおいろわるぅい……」


だろうな。やはり私の微毒と乾燥が効いていたようだ。


「他に何か聞いた方がいいことってある?」


「聖女フランはここで何をしてるの?」


おや、アレクったら意外な質問。


「ふつうにぃだんじょんもぐってるぅふふ……」


「そろそろ時間切れだ。質問は手短に。」


「ここで一番強いのは誰?」


おお、いい質問だ。


「ゆうしゃあ……あばばばぁひひぃひひひぃ……」


「壊れた。ここまでだ。どうする? 他の者を起こして尋問を続けるかね?」


「いえ。ここまでで。それよりベクトリーキナーさん。一度イカルガに帰ってくれないかな? 陛下に報告してここを封鎖して欲しいんだよ。」


「なるほど。つまり君達はジュダを追って迷宮に潜るというわけか?」


「その通り。迷宮内で行き違いになったらたまんないからね。」


「承った。ここにジュダがいることも間違いないようだし、きっと陛下も動かれるであろう。」


「方向は大丈夫? 羅針盤貸そうか?」


「問題ない。では大急ぎで戻るとする。しばし待たれい。」


そう言ってベクトリーキナーさんは飛んでいった。まあまあ速いな。あれなら二、三時間もあれば戻ってきそうだな。ならばそれまでに……


「兄上。赤兜の宿舎があるはずなんだよね。とりあえず地上にいる赤兜だけでも全滅させておこうか。」


ちなみに兄上ったら私が尋問している間に気絶した赤兜全員にトドメを刺している。手際いいね。


「そうだな。時間的にもちょうどよさそうだしな。」


「一応民間人は殺す気ないからね。だから宿舎に軽く火を着けて、出てきた奴から順に仕留めようよ。」


「いいだろう。僕だって平民を殺すのは気が進まないからな。」


「じゃあアレクとクロミは宿舎以外の赤兜を狙っておいて。コーちゃんとカムイはアーニャの警護。ドロガーは一緒に来てもらおうか。」


「分かったわ。」

「分かったしー。」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「いいぜぇ。」


では作戦開始。

私が宿舎の上から『火球』を撃つ。燃えろ燃えろー。

さほど大きくもない建物だ。いてもせいぜい百人ってとこだろう。ここからもっと離れると小さな街みたいになってはいるが、この近辺には宿舎しかない。狙いやすくて助かるぜ。

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