1815話 アーニャの苦悩
「カースは寝たわ。残念だけど仕方ないわね。少し別行動してる間に魔力が著しく減っていたし、相当危なかったみたいね。」
カースを寝室に寝かせて、アレクサンドリーネとアーニャは別室で熱いお茶を飲んでいた。甘い菓子を摘みながら。
「だってジュダって核みたいな爆弾を持ってるんだよね? カースはそれを防いだって言ってたもん。よく無事だったと思うよ……」
「そのカクって言うのは相当危険みたいね。ジュダもやってくれるわよね……」
「うん。もし本当に核だったらとても個人で開発できるようなもんじゃないと思うけど……とにかく危なかったよね。この国どうなっちゃうんだろう……」
「さあね? ジュダを殺したとしてもローランド王国が黙ってないわね。王都の動乱に関わってたんだもの。国王陛下がドラゴンに乗って天都を焼き尽くしに来ても不思議じゃないわ。」
「私は見たことないけど、やっぱドラゴンってすごいの?」
「ええ、凄かったわよ。例えば国王陛下の召喚獣、テンペスタドラゴンのヘルムートなんか別名龍王って呼ばれてるみたいなの。睨まれただけで死にそうなほどの重圧を感じたわ。」
「うわぁ……怖っ。じゃあジュダの魔石爆弾だったらそんなドラゴンにも勝てると思う?」
「うーん……無理じゃないかしら? カースが無傷で生き残ったことを考えるとたぶんドラゴンの防御もそれぐらいあると思うもの。素直にムラサキメタリックの剣で戦った方がよほど勝ち目があるんじゃないかしら?」
「ほへぇ……そんなもんなんだね。魔物って怖いなぁ。あっ、んむっ、くふぅっ……ちょっ……また行ってくるね……」
「ええ。ごゆっくり。」
アーニャが向かう先はトイレだ。アレクサンドリーネによってかけられた『
だからアーニャは眠いのを我慢しながら少しずつではあるが飲み食いをしている。アレクサンドリーネはそれに付き合うために起きている。本当ならばカースの隣で眠っていたかったのだろうが、こうなることが分かっていたため放置するのも哀れだと思ったらしい。
「はふぅ……乙女の尊厳が消滅しそう……」
「いくら魔法でも都合のいいことばかりじゃないものね。ほら、もう少し飲んでおいた方がいいわよ。」
「正直な話、そもそも私に尊厳なんてもう無いんだよね……」
「……急にどうしたの……」
もちろんアレクサンドリーネはその言葉の真意を分かっている。
「だって……聞いちゃったもん。あの番頭さんから……私、ジュダの慰み者だったんだね……」
「アーニャ……」
「カースはさ……ちっとも気にしてないみたいだし、本心からそう思ってくれてるのも間違いないと思う。私だって身に覚えもなければ記憶だってない……でも……事実なんだよね……」
アレクサンドリーネは言葉を発することができないでいた。
「しかも飽きられたのか怒らせたのか知らないけど……ゴミのように捨てられて……頭や心まで弄られてたみたいだし……」
「そのあげくの果てが奴隷のおもちゃ……奴隷にすら好き勝手に身体を使われてたなんて……しかもカースはそんな私を見たんだよね。見たのに……見たくせに……あんな風に何もなかったみたいに接してくれて……」
アーニャは頭を抱えこみ、小さくなった。
「それが不満なの?」
「不満と言えばバチが当たるよ……ほっとしてる部分もあるよ……でも、でもね……どこかでカースに罵って欲しい気持ちだってあるの……俺以外の男に股を開いたのか! 俺以外の男に身体を許したのか! 俺以外の男に!……って。」
「カースに嫉妬して欲しいの?」
「……うん。こんなこと言うのは贅沢すぎるって分かってはいるけど……カースにそこまで想われてないのかな……嫉妬する価値もないのかなって、どうしても考えてしまって……」
『水球』
「うひゃっ! アレクさん冷たいよ! 何を……」
「アーニャ……あなたの境遇は同情するに余りあるし、誰とも共有できない希有な悲しみだと思うわ。だから私も慰めの言葉なんてとてもかけられない。私も危うく同じ目に遭いかけたことはあるけど……」
「アレクさん……」
「なぜならその境遇の女は普通は全員死ぬもの。早いか遅いかの違いはあるにせよね。アーニャだってあの時もしカースと出会ってなければ数ヶ月以内に死んでたでしょうよ。それほどあの時のあなたは痩せ細っていたし、狂っていたわ。同じ言葉しか喋れないほどに……」
「そんなことぐらい分かってるよ……」
「分かってるならもう言うことはないわ。カースのことを気にしても意味がないわよ。今はただ生き残ることだけ考えておけばいいの。それに……カースはきっと私達を愛してくれるわ。契約魔法のことだって私に考えがあるから。いつかきっとアーニャもカースに抱かれる日が来ると思うの。だから……ね? 強く生きて……アーニャ。」
「アレクさん……それ、本音だよね……どうして? 私が邪魔じゃないの!? 私はそこまで寛大になれないよ! どうしても……アレクさんさえいなければ……って! 考えてしまうよ!」
アレクサンドリーネに抱きつきながら……涙をこぼしながらもアーニャは叫ぶ……
「私ね……カスみたいな女がカースに近付くと、殺したくなるの。いえ、きっと殺すわ。」
「じゃ、じゃあ……私も殺すの!?」
一瞬にして青ざめたアーニャ。
「話をよく聞いて。カスみたいな女って言ったじゃない。あなたは違うに決まってるわ。カースのために何もかも賭けたのよね? そして、その賭けに……勝った。あなたはカースの隣にいるに相応しい女だと思うわ。だから殺す気なんてない……今のところはね?」
「アレクさん……ごめんなさい……贅沢なことばかり言って……だって私にはもう……カースしか!」
「分かってるわ。大丈夫よ。だからもう心配しないでいいの。カースだけじゃないわ。私もコーちゃんも、カムイだってついてるから。ね?」
「うん……アレクさん……ありがとう……カースの隣にいるのがアレクさんみたいな人で……ほんとに良かったよぉ……」
それからアーニャはアレクサンドリーネの胸で泣き、そして何度もトイレへと駆け込んだ。きっと、身も心もすっきりとしたのではないだろうか。
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