1794話 天王妃テンリ・フルカワ
私的エリアのホールまで戻った。クロミが派手な魔法を使ったせいでぼろぼろだ。階段もぶち壊れてしまってる。
『浮身』
二階、いや中二階って言うんだったかな。ホールと吹き抜けになっているね。一階を見下ろすようにベランダ状の通路がぐるりと通っている。ここも半壊してるけど。
適当に扉を開けて進んでみる。廊下だ。王宮にしてはあまり広くない。幅二メイルぐらいか。
えらくカクカク曲がるな。スペースの無駄遣いじゃないのか?
廊下を歩きながらも左右に扉を見つける度に風斬で壊しながら中の確認をしている。見た感じ人が住んでいるような部屋ではない。調度品とか家具が置いてあるようだ。この廊下はハズレか? 一応奥まで行ってはみるけど。
うーんハズレか。行き止まりだ。
『風斬』
壁だからって私は止まらない。まっすぐ進みたい気分なんだよな。
あら、また別の中庭かな? 建物に囲まれた和風、いやヒイズル風庭園か。すごいな……小川が流れてる。へぇ、東屋もあるじゃん。
どうせなら昼間に来たかったな。こんなところで昼飯ってのも悪くないもんな。よし、そのうち楽園に東屋を建てよう。東側にはイカルガ風の、西側にはローランド風のを。
あ、誰かいる。おばさんと言うには若く見える。もしかして……
「だあれ?」
「夜分に悪いな。俺はローランド王国の六等星冒険者カース・マーティン。その服装からするとあんたはジュダの妃、テンリ・フルカワだな?」
白い襦袢の上に鹿革のロングコートか。妙な組み合わせ……いかにもさっき起きたばかりって感じだな。私のせいかな?
天王妃ともあろう者がこんな時間こんな所にたった一人、何やってんだか。
「そうです。今夜の騒ぎはあなたが原因なのですね。陛下に何の用ですか?」
さすがに肝が据わっているようだ。顔色ひとつ変わらない。
「用というほどのことはない。ローランドに吹っかけたケンカの落とし前をつけてもらいに来たってところだ。それより聞かせてくれ。なぜジュダが天王なんだ? ヒイズルの常識は知らないが跡取りがあんたしかいないのなら普通あんたが女王として即位しジュダは王配となるべきじゃないのか?」
この際だから質問してみた。どうでもいいことではあるけどね。
「その通りです。ヒイズルの歴史からすると女性の天王は珍しくありませんし、王女の夫が天王に即位したという例もありません。」
「ならばなぜ? 聞けばジュダはメリケイン連合国からの流れ者なんだろう? 結婚を許されたことすら奇跡だと思うが。」
もしキアラが同じことをしようとしたら間違いなく私は相手の男を殺すね。それで万事解決なんだから。キアラの悲しみなど知ったことではない。どこの誰とも知れない相手なんぞ認められないものは認められない。無理なもんは無理だからな。それを思えばフランツとの関係は最高とも言えるな……忌々しいけど!
「それは私が陛下を愛してしまったからです。ヒイズルには二人といない美男子、どんな舞台役者よりも艶やかな声。そして父たる前天王すら膝を折った圧倒的な威。だから父は次代の天王に陛下を指名したのです。私ではなくて。」
『解呪』
言うことがあまりに胡散臭いから解呪をかけてみたが……効いてない……
洗脳されてないのか?
「今の魔力の流れ、覚えがあります。天道魔道士長タガタキも何度か同じことをしました。時には彼一人だけじゃなく天道魔道士数人がかりで。何なんでしょうね。」
なるほどね……それも冷遇されてた理由の一つか。目障りなんだろうな。
「健康増進の魔法さ。だからあんたはいつまでもきれいなんだろう。ローランド王国の聖女にすら匹敵しそうだ。」
もちろん嘘だが。うちの母上の方が美しいに決まってる。しかし、歳の割に美しいのは本当だ。おそらく三十代前半のはず。しかし見た目は二十代前半。しかも……魔力が多い。
天道魔道士長のジジイ並みとは言わないが、ヒイズルで出会った中では十本の指に入るのではないか? つまり……普通の洗脳魔法は効かないってことか……
「お上手ですこと。ああ、聖女といえばイカルガにも数年前は聖女がおりました。きれいな金の髪をした聖女さん。そういえば最近見てません。どうしたのでしょうか。」
金髪の聖女だと?
「そいつの名前は?」
「ええと……たしか「あぶっ、どけ!」……」
ふぅ……ぎりぎりだったか……
周囲に張った『範囲警戒』にいきなり反応が出たんだもんな。もう一瞬でも遅れてたら私もこいつもよくて重傷だったな。何本ものムラサキメタリックの矢に貫かれて……
『鉄壁』
東屋を取り囲む。ムラサキメタリックの矢尻は私の鉄壁をも貫通するが、威力は落ちる。
『鉄壁』
だから内側にもう一つ鉄壁を張っておけば無敵だ。
「おい。あいつらあんたごと射ろうとしたぞ。いいのか?」
「構いません。それが陛下のご命令ならば。」
気に入らねぇ……
さっきから公的な場でもないのにジュダを陛下と呼ぶ王妃。これは見知らぬ私の前だから当然だとしても……
自分の意思を感じない口調、流されるままの生き方。そんな王妃を構わず殺そうとする……ジュダ!
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