1685話 綾子の選択

アレクの口から説明が終わった。


「私、拐われてヒイズルに……そして心が壊れるような目に遭ってカズ、カースに出会った……そんな私を助けるためにカースは、いや、皆さんは迷宮ってところに……」


「ええ。そういった理由であなたの身体と心はローランド王国で暮らしていた当時のままのはずよ。この話、とても信じられないとは思うけどカースに会えた以上そんなのは瑣末なことよね?」


「う、うん。気にはなるけど、気にならない……のが本音かな。」


「拐われてから出会うまでの話は俺もアレクも知らない。ピエルがある程度は知ってると思うが特に聞く必要もないだろ。どうしても知りたいならあいつを連れてきてやるけど。」


そもそも拐われたって話すら伝えたくはなかったが、そこをぼかすと何も説明できなくなるからな。アレクは知り得た全てをきっちり話していた。


「いずれはその事実とも向き合わないといけない気もするけど、とりあえず放っておくよ。今それどころじゃないし……」


「アーニャ、先に聞いておくわ。あなたはカースの側室になりたい? それともカースのことは忘れて故郷に帰る?」


「そ、そりゃあ……」


無慈悲な質問だよな……


「あなたには悪いけどカースの正室は私。それにフランティア辺境伯家の令嬢やフランティアの大商会の若き会長ですら袖にしたカースよ。側室になれるだけで奇跡みたいなものね。」


「そう……和真はそんなにモテるんだ……私がどんな思いで和真を追いかけたかも知らないで……」


「綾子……追いかけたって……」


まさか……


「誤解しないでよ。別に自殺したわけじゃないの。ただ和真と同じ道を同じ時間帯に走ってみただけ。あなたがどんな気持ちであそこを走ったのか知りたかったから。月に一度は花を手向けてたし。」


「じゃあどういうことなんだ?」


「和真と同じよ。私にだって嫌なことぐらい起きる。無能なくせにセクハラだけは一丁前のクソ上司、恋人を亡くして間もない私に無遠慮にアプローチをしてくる男たち、和真のことを早く忘れろと言う名ばかりの友人……そんなむしゃくしゃする気持ちであの道を飛ばしてたら……」


前世での綾子の職業は公務員、市役所だったよな。


「事故ったのか?」


「うん……気付いたら、白い場所にいて……転生の手続きをするって言われて……」


転生管理局か。あそこもお役所っぽかったよなぁ。


「なるほど。ちなみにどんな注文をつけた? あれこれと来世について説明されたと思うけど。」


「うん……やっぱり和真と同じ世界、同じ時代に生まれること……できれば和真の近くに。そして何より和真が和真だと分からなければ意味がないから、それが分かる魔法を使えるようにしてもらおうとして……」


「個人魔法か。だから一目で俺だと分かったんだな。でもこっちが綾子のことを覚えてなかったらどうするつもりだったんだ? そうそう都合よく前世の記憶を持ってるとは限らないだろうに。」


「うん……それは教えてもらえなかったから……賭けただけ。出会いさえすれば……和真ならきっと、私のことを覚えててくれる。忘れててもきっと思い出してくれるって。」


綾子……


「そっか……その賭けには勝ったみたいだな。」


「うん。でも……もう一つの賭けには負けちゃった……世の中そう上手くはいかないよね……私のせいだけどさ……」


ん?


「私のせいって? どういうこと?」


「転生の手続きをする時に……そこまでのことをやるのには『徳』が足りないって言われて……でも、どうしてもあの条件でないと和真に会えないし……前世の記憶だって必要だし。

だから来世がどんなに過酷でもいいから、その分『徳』の前借りはできないかって相談したら……こうなったの……」


マジかよ……

言われてみれば私は大雑把な選び方しかしてなかったもんな。三、四択ぐらいだったし。それにあれこれ条件を付けると途端に大量の徳が必要になるってことだろうか。個人魔法なんか使えるようになるぐらいでは徳なんかほとんど必要ないだろうし。

それでも同じ世界、同じ時代に生まれたのは綾子が選んだ結果なんだろうな。私より少々歳上だったり同じ国内であるのは偶然かサービスかは知らないが。本当は同じ年、同じ地域に生まれることが最良だったんだろうけど、そこまでは指定できなかったんだろうな。徳の前借りしても足りないとかで。

何にしても東のメリケイン連合国や西のフェンダー帝国に生まれなかっただけかなりの幸運なんだろうな。しかも今では歳下になってるみたいだし。


「過酷な生活であることは間違いなかったようだな。心が壊れるほどに。だがもうそんな生活は終わったんだ。もし故郷に帰りたいのならこの先の生活には困らないようにしてやれるが……」


「ふざけないで。私がそんなことを望むとでも思ってるの?」


もちろん思ってないさ……


「カース、一つ提案があるわ。」


どうしたアレク……


「何だい?」


「同じカースを愛する女としては複雑だけど、さすがにここまでの気持ちを見せられたら無碍にもできないわ。だからチャンスをあげたいの。傲慢な言い方で悪いけどね。」


全然傲慢じゃないよ。寛大だと思うぞ。


「私にチャンスを?」


「ええ。カースが自分に契約魔法をかけてることは知ってるわよね。ならばもし、その契約魔法が解けた時、カースがどう判断するのか……その時まで待っても遅くないんじゃないかしら?」


「アレクさん……」


「その呼び方……まあいいわ。許してあげる。ただし、これはあなたにとって有利なだけの話じゃないわよ。万が一だけど、カースがあなたを正室にするなんて言い出したら、あなたは死ぬわ。私が殺すから。それでもいいならこの話を受けなさい。」


「わ、私……」


「ちょっと待った。そう言われたってもうこの歳じゃあ魔力がそうそう増えたりなんかしないよ? 最低でも今の二倍はないと解けそうにないんだから。」


実際には三倍ぐらいは必要だろうなぁ。魔力全開で無理矢理かけた契約魔法なんだからさぁ。私が解こうと思って解けるタイプじゃないもんなぁ。


「そんなの簡単よ。また迷宮にもぐればいいじゃない。装備を整えてからね。」


「あ、あー。なるほどね。神の恩恵でね。」


「そう。魔力を増やしてもらうか、契約魔法を解いてもらうか。神ならどうにでもなりそうじゃないかしら?」


「待って! 迷宮って危険なんだよね? それなのにまた……私のために……そんなのだめだよ……」


「それはあなたが判断することじゃないわ。カースに任せておけばいいの。あなたが判断することはこの提案を受けるか受けないか、それだけよ。」


綾子がこの提案を受けたら、アレクが私におねだりをしてくるだろう。アレクのおねだりなら、私が断ることはない。


だが……綾子の性格からすれば……

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