1686話 雨降って地固まる

しばし続いた無言の時間。

綾子が口を開いたのは、およそ五分後だろうか。


「その提案、受けないよ。」


やはりそうか……


「そう、一応聞いておくけど理由は?」


「そんなの……私の都合で和真かずまに命を賭けさせるような真似できないよ……それにアレクさんだって行くんだよね? 迷宮ってとこがどれだけ危険なのかなんて分からないけど……」


「それでいいのね? この話は今しかないのよ? 確かに迷宮は危険だし命だって危ないわ。実際何度か死にかけたもの。それでも、それでもカースなら……どんな時でも……うっ……」


「アレク!」


アレクが泣き出した!?


「だって、いつもいつも私だけ! ソルも! リゼットだって! ソルはカースを諦めるために王太子殿下との婚約にまでこぎつけて! リゼットだってダミアン様と結婚してまでカースのことを吹っ切ろうと……それなのに! 私だけ! 私だけカースを独り占めして! 私だけ幸せになって!」


「アレクさん……」


アレクも難儀な思考をしてしまってるな……

それにソルダーヌちゃんやリゼットがそんな風に考えていたとは思えないし……

正室の座は誰にも渡さない。でも私を好きになった女の子にも幸せになって欲しいとは……なんたる強欲っぷり。でもそんなところもアレクらしい、のか?


「もしかして……私に同情してくれてる……のかな?」


「そうよ! 悪い!? カースのことをこんなにも想ってくれてるのに! そこまでしてカースを追いかけて! それなのにカースはこんな状態で! 私だってそんなカースが大好きだし! 女として嬉しくないはずないし! もう私だってどうしていいか分からないわよ! ふぐっ、うう、うああぁぁーーーー!」


アレクがまるで子供のように泣きじゃくっている。


「アレクさん。邪魔者でしかない私のために……泣いてくれてありがとう。命懸けで迷宮へ行ってくれて、私を助けてくれたこと……お礼を言います。ありがとうございました。天と地以上に身分が違うのに、流してくれた涙……嬉しかったです……」


「ぐすっ、アーニャ……どうするの……私はあなたに幸せになって欲しい……もしかしたらある種の牢獄かも知れないけど……カースの隣に……」


牢獄……一種の仮面夫婦になってしまう感じだろうか……

身体の関係を結べないことと愛の言葉を囁けないこと以外は何でもできる。エリザベス姉上を救う時に命を賭けたような真似だって、たぶんできる……が、これは欺瞞だな……


「先ほどの提案、半分ほど受けてもいいかな……」


「ぐすっ……んん……半分?」


「うん。半分。具体的には私は側室でもいいから和真の側にいたい。でも危険なことはして欲しくない。だからいつか、その契約魔法が解けそうになった時に解いてくれたら……それでいい。解けないなら解けないで……私は気にしないから……」


「アーニャ……」


「綾子……それでいいのか?」


「うん……一生、いや二生かかっても会えないと思ってた和真に会えただけで……これ以上は望み過ぎだと思うから……小さいことはもう後回しにして、とにかく和真のそばにいたい……いい?」


いきなり腹をくくったな。私よりよっぽど決断力がある……


「いいよ。一緒にいよう。そして家族になろう。」


「和真ぁぁぁーー! ホントに会いたかったんだから! もう絶対故郷に帰るかとか聞かないでよぉおおーー! 和真ぁぁぁーー!」


綾子もついに決壊してしまったか。涙が止まらないようだ。私の肩に頬を埋めて、号泣が始まった。私だって少し泣きそうだよ。ここまで想われて放ってなんかおけるわけがない。


「ううっ、ぐすっ……アーニャ……よかった、よかったわね……うぇええーーん!」


綾子を挟むようにしてアレクまで抱きついてきた。


「ピュイピュイ」


「ガウガウ」


コーちゃんは綾子の目元を、カムイはアレクの頬をペロリとなめた。二人なりのエールってとこかな。二人とも人情をよく分かってるよなぁ。いい子だ。




「ニンちゃーん。何かあったのー? やっと静かになったから来てみたけ……あっ! 黒ちゃんが起きてる! えっ!? 金ちゃん泣いてんの!? ちょ、どうしたの!?」


「ああ、ついに起きたよ。後でみんなでお祝いをしよう。ドロガーたちは帰ってる?」


「あ、うん。たぶんいると思うしー。そーねー、三十分後ぐらいにまた来るね! ドロガにも話しておくし!」


「ああ。頼むよ。後でな。」


さて……クロミたちにはどう説明しようかな。私の前世のことなんか話す気はないし……適当でいいか。一緒に命懸けで迷宮を攻略した仲だと思うと多少心苦しくはあるが、何もかも全て話すのが仲間ってわけでもないしね。前世持ちは珍しいわけでもないのかも知れないが、表に出す情報は少ないほどいい。何より綾子は今後私のウィークポイントとなるのだから。体付きを見るにそれなりに体力はありそうだが剣術などの心得はないだろう。そして魔力だってそこらの平民と変わりない。一日に数回『点火つけび』や『水滴みなしずく』が使える程度だろう。

守ってやらないとな……


「ね、ねぇ、ちょ、ちょっとアレクさん……」


「ずびっ、何かしら?」


「苦しいの……離してくれないかな……」


「あっ、ごめんなさい! 大丈夫だった!?」


『浄化』


二人ともひどい顔してる。どれだけ泣いたらそうなるんだよ。綾子は目がすごく腫れてるし、アレクは髪の毛が頬に張りついている。

でも、どこかかわいいな。


「あっ、うん、だ、大丈夫……でも、その、アレクさん……ホントによかったの? 私……邪魔じゃない?」


「もちろん邪魔よ。でも、嫌いじゃない。あなたはカースの隣にいる資格があると思うの。過去に何人かそういう女の子はいたんだけど……全員カースが嫌がって……他の男性と結婚したり婚約したりで。カースって頑固な一面もあるから……だからあなたが初めてよ。仲良くしましょ?」


「う、うん。喜んでいいのかな……よ、よろしく……」


さすがに綾子も生まれ変わって十年以上経ってるんだから現代日本の価値観なんか捨ててるよな。あれを持ったままだときっと生きづらいだろうからな……


さて、これで一旦は丸くおさまったのかな?

今度こそ呼び方を徹底しておかないとな。つい綾子と呼んでしまうし、私のことも和真って呼んでしまうからな。

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