1638話 レブナントの戦法

「クロミ……どうして……はっ! クロミじゃない!? まさかレブナント!?」


ぎらりと見開かれた目には黒紅色しか見えない。


「ク、ロ、ロミ……」


クロノミーネの端正な口から歪な言葉が漏れる。ドロガーはぴくりとも動かない。


「そう……あなたもうクロミじゃないのね……なら、容赦しないわ!」


火球ひのたま


「ガウッ」


するりと火球を避けたレブナントの腹に、狙いすましたカムイの頭突きが命中した。部屋の端まで吹き飛ぶレブナント。


素早く追撃をせんと立ち位置を変えるアレクサンドリーネ。だが、射線上にカムイが立っている。


「カムイどいて! そいつはもうクロミじゃないわ!」


「ガウガウ」


一瞬だけアレクサンドリーネの方を振り返ったカムイ。そして再びレブナントの方を向き、近寄っていく。


「カムイ! 近寄ったら! あいつに乗り移られるわ! だめよカムイ!」


クロノミーネなら殺せるが、カムイは殺せない。そんな計算もあるのかも知れない。


「ガウガウ」


アレクサンドリーネの方を見もしないが返事はする。


「カ、ム、ムイ……ガアァァァァァーー!」


歯を剥き出しにしてカムイに襲いかかるレブナント。いくら魔物が乗り移っているといえどその歯も顎もクロノミーネのもの。カムイの毛皮には傷ひとつ付くはずもない……だが、カムイは身動きひとつせず、その鼻面をレブナントが噛むに任せている。


「カムイ! どうして!? くっ……」


一瞬カムイごと業火で燃やそうかと考えたアレクサンドリーネだったが、すぐにその考えを捨てた。カースの炎ならともかく、自分の炎ではカムイを燃やすことなどできないためである。しかもカースの分身とも言えるカムイである。人質ごと殺す常識を持つクタナツ女性たるアレクサンドリーネであっても躊躇いを見せるのは無理からぬことだろう。


しかし、このままレブナントがカムイに乗り移ったら終わりだ。アレクサンドリーネ一人ではとても勝ち目がない。今しかないのだ。

レブナントがクロノミーネの体からカムイを狙っている最中の今しか。


『身体強化』


ボス部屋に入る前に飲んだ魔力ポーションで魔力は全快している。だが、この階層での魔力の消耗を考えると決して余裕とは言えない。

アレクサンドリーネは倒れた赤兜のところまで迷わず走り寄り、ムラサキメタリックの剣を拾い上げた。現状でカムイに通用する攻撃手段は他にないだろう。


カムイの背後まで忍び寄り、剣を高く振り上げる。今なら殺せる。今しか、ない。


「カムイ……どっち……どっちなのよ!」


クロノミーネの体が地面に倒れ込む。レブナントの乗り移りが終わったのだ。ついにカムイへと……


ゆらりとアレクサンドリーネの方に振り返るカムイだったもの……


しかし、その目は元のカムイのままだった。


「カムイ? カムイなの!?」


『グオオオオオオォォォォォーーーーーゥゥ!』


魔声ませいだ。アレクサンドリーネに向けて放たれたものではない。ただがむしゃらに吠えただけのように聞こえた。


「くっ、カムイ……いったい何を……」


魔声の余波をくらい壁際まで押されたアレクサンドリーネ。それでも意識は保っている。


それからもカムイの魔声は止むことがなくボス部屋に響き続けた。アレクサンドリーネはよほど消音を使おうかと考えたようだが、それでもカムイに何かあった時にすぐ対応するべく使わなかった。一切の魔法防御なしで、カムイの魔声に相対あいたいし続けた。合間にドロガーとクロノミーネの介抱もしながら。二人とも意識は戻らないものの、どうにか傷は塞がった。




そして何十分が経ったのか、ふいにカムイの魔声が途切れた。部屋内を恐ろしいほどの静けさが襲う。


「カムイ……」


「ガウ……」


カムイが鼻先で何やら指し示している。アレクサンドリーネがそちらを見やると、小さな立方体の箱が落ちていた。さらによく見ると、先ほどまで倒れていたはずの最初のボスがいない。ドロガーがハルナと呼んだ存在が。


「まさか、カムイ……わざとレブナントを乗り移らせて……体内で始末したの!?」


「ガウ……」


「もう……こんなに消耗して……ほら、これ飲んで。」


魔力ポーションを差し出すアレクサンドリーネ。


「ガフガフ」


一息で飲み干した。そして鼻先に通常のポーションを受けた。


「カムイには悪いけどカースを呼びに行ってくれる? たぶんカムイが行くのが一番早いわ。」


「ガウガウ」


アレクサンドリーネはその間に二人の介抱の続きだ。クロノミーネの方は浅い傷だからポーションをかけるだけで済んだが、問題はドロガーだ。内臓にまで達する傷は表面にポーションをかけるだけでは治らない。ポーションを飲むか治癒魔法使いに内部を治してもらう必要がある。もちろん確実なのは後者だ。


そこでアレクサンドリーネは……


『覚醒』


クロノミーネを叩き起こした。今のクロノミーネには危険なため、あまり褒められた行為ではないがドロガーの命には代えられないだろう。


「うっ痛ったぁ……頭いたいし……」


「起きたわね。ドロガーが危ないわ。診てあげて。」


「あれぇ金ちゃん……あ、もしかしてレブナント倒したの?」


「ええ、カムイがね。で、あなたがドロガーのお腹を刺したのは覚えてる?」


「えぇー!? ウチがぁー!? うっそぉーー!?」


「まあそれはいいから診てあげて。この辺りよ。」


ナイフが刺さっていた場所を指示するアレクサンドリーネ。


「うっわー、ヤバいし。金ちゃんせめてポーション飲ませてあげればよかったのにー。」


「それもそうね。」


そうは言いつつもアレクサンドリーネはカース以外の男に口移しをする気はないだろう。たぶんドロガーが死にそうになっても。




「お待たせ。ボスは強かった?」


ようやくカースがやって来た。ボスを倒したことで普通に通れるようになったのだろう。

ミスリルボードの上ではカムイとアーニャが寝転んでいた。

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