1637話 四十九階ボス部屋

合流し、赤兜に追いついた一行。始めからこうしていればよかったような気もするが、赤兜という尖兵がいたから進みやすくもあったのだろう。


「おう赤兜ぉ。調子はどうよ?」


「問題ない……」


「ちょーどいいみたいだし。あれってボス部屋じゃん?」


クロノミーネが指差す先には長い直線のゴールが見えた。おそらくボス部屋だろう。


「ちっとその兜ぉとってみな? さすがにこのまんまじゃ戦えねぇからよ。」


「ああ……」


兜のみを収納した赤兜。しかし体調に変化は見えない。


「おし。ここまで来たらもう大丈夫みてえだな。」


「じゃあウチは魔法を解くけど金ちゃんはそのままね。まだ何があるか分かんないし?」


「ええ、分かったわ。」


そして慎重に進むことおよそ三十分。


「おおし。やっとボスかよ。念のためだ。狼ちゃんは出てこいや。そんで女神はきっちり防御したまんまな。魔法のクロミ、体術の狼でいくからよ。俺と赤兜は予備だ。いいな?」


「いいよー。ウチと狼殿がメインね。」


「ガウガウ」


「じゃあ私はポーションを構えて待っておくわ。」


「分かった……」


「そんじゃ行くぜぇ! 魔王にいいとこ見せてやろうぜ?」


ボス部屋の扉を開き、中に入る。先ほどまでの階層と同じように、全員で出口側の扉まで行くと……


「来たぜぇ! 構えろや!」


やはり上から降ってきたボス。しかしとてもボスとは思えない小さな体躯に一行は困惑していた。ドロガーよりも小さかった。そしてその面差しは……


「て、てめぇ! こんなところで何してやがる! ふざけんなぁ!」


「ヨッちゃんどうしたの?」


「ハルナ! 何とか言えや!」


ハルナとは?


「ドロガー! しっかりしなさい! あの中身は全くの別物よ! おそらくはレブナント! 個体から個体へ乗り移るしぶといアンデッドよ! 迂闊に近寄らないで!」


「あーそれ知ってるー。たまにいるよねー。強い相手を見つけると乗り移ろうとするヤッバい魔物がさー。ヨッちゃん後でいいことしてあげるからしっかりしなー。」


「うるせぇ! 俺ぁ正気だぁ! このクソ魔物がぁ……レブナントだかデブナントだか知らねぇが……ハルナの体ぁ返してもらうからよぉ!」


短い髪に軽そうな品の良い革鎧。俊敏そうな体躯とは裏腹に重苦しいオーラが漂っていた。何よりその顔色は毒々しい斑模様まだらもよう。そしてカッと開かれた目には黒紅色くろべにいろしか見えなかった。


「ド、ドロ、ガー……」


「お、俺が分かるのか!? 俺だぁ! ドロガーだ!」


「ヨッちゃんどいて!」


『豪炎』


ボスの足元から派手に立ち上った業火だが、すっと離れたボスの身を焼くことはなかった。


「待てぇ狼ぃ! 迂闊に近寄んなぁ! こいつの個人魔法はやべぇんだぁ!」


いつものように背後からアキレス腱を斬ろうとしたカムイをドロガーが止める。


「ガウガウ」


言葉は伝わらないが、さっさと教えろと言っているようだ。


「ハルナの個人魔法は! 一日三回だけ対象を眠らせることができるんだぁ! アンデッドにぁ効かなかったがよぉ!」


「範囲はどーなの!?」


「あいつの体に触らなけりゃあ大丈夫だぁ! だからぜってぇ近寄んじゃんねぇぞ!」


個人魔法であれば気配も匂いも何もないことはあり得る。それこそカムイをも知らない間に眠らせることすらも。

だが『魔法』だと気付いたのなら『魔法防御』が有効なのも世の常だ。


「なっ!? 避けろぉぉぉーーー!」


ボスがどこからともなく取り出したのは鞭。それもデュラハンが愛用している背骨の鞭だった。部屋の広さは二十五メイル四方、高さは五メイルもない。そこで長さが四、五メイルはある凶悪な鞭を振り回せば……


「がっはぁ!」


まず赤兜が吹き飛ばされた。体躯の差、体重の差などものともしないようだ。


「ちいっ!」


ドロガーは自分のロープを鞭に絡めてどうにか抑え込もうとするが……あの鞭は見た目以上に鋭いのだろう。たちまちロープが切れてしまった。


「金ちゃん合わせて!」


「分かったわ!」


『烈風陣』

『業火』


逃げ場がないならやるしかない。クロノミーネのとっさの判断で魔力障壁を解除して攻撃に転じたアレクサンドリーネ。

クロノミーネの使った風の魔法に合わせて火の魔法を使った。相手が人間ならば数秒で骨になるほどの火力。ドロガーは頬を伝う汗を拭うことすらできずに、炎から距離をとっていた。


「きゃっ!」


それでも背骨の鞭は二人の魔法を切り裂いて襲ってきた。それは不運にもクロノミーネの胸を裂いた。


それほど深い傷ではないが、クロノミーネは起き上がらない。


「クロミ! ちっ、寝やがった……おう女神ぃ! もっと撃てやぁ! どうせもう瀕死だぁ!」


「分かってるわよ!」


『業火』


渦巻く炎へ魔法を追加するアレクサンドリーネ。鞭は先ほどの一撃を最後に床に横たわり、ぴくりともしていない。ボスにしても死に際の一撃だったのだろうか。


「ドロガー、油断しないで! まだ終わってないわ! 嫌な魔力を感じる!」


ドロガーはクロノミーネを介抱しようと、抱き起こした。

その時だった。炎を見つめていたアレクサンドリーネが……背後から嫌な音を聞いたのは……


それは人が崩れ落ちる音。


ドロガーが床に倒れ込んだ音だった。


「ドロっ、なっ!? クロミ?」


アレクサンドリーネが見たのは、ドロガーの腹に深々とナイフを突き立てているクロノミーネの姿だった。

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