1633話 地下四十九階

「はいっ! これでよし! ニンちゃんどう? まだどこか痛い?」


クロミがどこか安心したような顔を見せる。あー……マジで痛かった……骨折の治療ってこんなに痛いのかよ……


「いや、もうどこも痛くない。ありがとなクロミ。今回はマジで助かったよ。」


魔法が使いにくいこの階層なのに、クロミは本当によくやってくれたよな。ありがたい。


「へへーん。お礼は体でいいよー。まあウチと金ちゃんの二人で見てたのに黒ちゃんが動いたんだしー。ウチらのせいでもあるよー。ニンちゃんごめーん。」


「ごめんなさいカース……」


ところがこれって二人だけの責任じゃないんだよな。


「いやいや、いいからいいから。次からアーニャは縛っておこうか。部屋だってもっと狭くなりそうだしね。」


いや、狭い部屋を逃げまわるためには縛ってはダメなのか? 後で考えよう……


「悪かったな魔王よぉ。あの太い足だしなぁ……きっちり絞めて解けねぇ結び方でねぇと危なくてよぉ……」


「ああ、それは仕方ないさ。結び目が動くタイプだと緩んだり解けたりするかも知れんってことだよな。まあ次は気をつけようぜ。」


ロープの最適な結び方なんて私には分からんからな。ドロガーに任せるしかない。

それにしても一体なぜアーニャは動いたのか……今まではボス部屋どころか移動中でさえ大人しかったのに。違いといえば今回のボスの大音声だいおんじょうぐらいのもんだが……他の階でもボスが大声を出しはしたが、今回のはレベルが違ったもんな。関係あるんだろうか?

無理だな。分かるわけがない。心が壊れた人間の心理なんて……

私たちが気をつけるしかないよな……


「よし! 次いこう! あと少しだ!」


分からないものを考えても無駄だ。要はクリアしちまえばいいんだよ。ここまで来たら見えない壁だろうがボス部屋の扉だろうが全てぶち壊してでも踏破してやるよ。


さあ、四十九階だ。まずは安全地帯を目指すとしよう。先頭を頼むぞカムイ。


「ガウガウ」




ふむ、この階層は毒系の罠が多いな。壁から噴き出す毒煙だったり、落とし穴の底は毒池だったり。天井からは毒々しいスライムまで落ちてくる。

そのどれもが私たちには全く脅威ではない。カムイの速度に合わせてかっ飛んでるからな。行手を塞ぐ巨大スライムもいたが風弾で腹に穴を空けて押し通った。いちいち相手なんかしてられるかっての。


そしてだいたい二時間といったところだろうか。安全地帯らしき場所が見えた。まさか魔物部屋じゃないよな? カムイもクロミも大丈夫だとは言ってるが。


「じゃあちょっと確かめてくる。」


一応は確かめておかないとね。こっちにはアーニャがいることだし。

ここの安全地帯は結構広いな。ピラミッドシェルターだけでなく湯船まで出してもまだまだ余裕だ。


隅から隅まで歩いてみたが、やはり問題なし。これなら安心して休めるだろう。


「お待たせ。問題ないよ。食事にしようか。」


はぁ……疲れたなぁ……いくら体は治っても、やっぱ見えない疲れって溜まるよなぁ……

食べたら風呂に入ってさっさと寝よ……アレクには悪いけど。




「カース、もう大丈夫?」


「うん。どこも痛くないよ。」


食後。私はカムイを、アレクはアーニャを洗った後、二人で湯船に浸かっている。大抵の低級冒険者は不潔なのが当たり前だが、このような快適な攻略ができるなんて。つくづく私は反則だよな。だが冒険者にとって清潔にしておくことは命に関わるからな。病気的な意味でも、索敵的な意味でも。索敵の方は迷宮内だとあまり関係なさそうだけど。

また何にしてもきれいにして温まって、その上ゆっくり寝られるのは最高だな。


「カースが潰された瞬間、血の気が引いたのよ……それに……」


「それに?」


「やっぱりアーニャは殺してしまおうかとも……」


ぐっ……アレクがそう思うのは全然おかしくない……

私だってもしアーニャがアレクを害そうとしたら普通に殺すだろう……殺すよな?


「でも、カースがあそこまで身を挺して助けたアーニャだから……やっぱり殺せないの……こんな時お義母様なら、甘いと笑うのかしら……」


母上なら……

我が母ながらさっぱり分からん……

父上がベレンガリアさんやジーンに手を付けても特に問題にしてないし。それとも私が知らないだけで問題ある女は片っ端から殺しているのか? だから問題になってない? うーんありそうだな……なんせ皆殺しの魔女だもんなぁ……さっぱり分からん。


そんなことよりアレクだ。思考が堂々巡りになっている気もする。アーニャ殺害を考えては止めてを繰り返してるような……

つまりこれは、そこまでアレクを悩ませた私の責任だ。

ならば……もしここでアーニャの心が治らなかったら、ひと思いに私の手で……

いや、それは駄目だ。アレクが自分に任せてと言った言葉を疑うことになってしまう。


だから私が言うべきことは……


「アレクに任せるよ。好きにしていいんだよ。」


そもそも奥向きのことは第一夫人が仕切るのがローランド王国の慣習だ。それもあってアレクはアーニャを任せてと言ったのだから。

任せたのだからとことん任せるしかない。


「カースのバカ……」


そう言いつつも抱きついてくるアレク。


「ここで殺したら何故わざわざこんな所まで来たのか意味がなくなるわ。いなくなったコーちゃんのためにも、最後まで、アーニャも一緒でないと……」


コーちゃん……


「そうだね。迷うこともあると思うけど、結局はそれしかないよね。残り少しだし、もう迷わず行くしかないよね。」


たぶん少しだと思うんだけどなぁ……


「ええ、そうね。最近いつも迷ってばかりな気がするけど、やっぱりカースと一緒だと安心するわ。ありがとう……大好き……」


「僕の方こそ。アレクがいるから頑張れるんだよ。いつもありがとね。大好きだよ。」


そもそもアーニャのために頑張ってるんじゃないのかって話だが……それとこれとは別、かな?

何も考えず、単純で楽しく、のんびりだらだらと生きていければいいんだけどなぁ。なかなかそうはいかないものだよな。世界だって見てまわりたいしね。

そんな暮らしは後でいい。まずはみんなで生きて帰らないとな……

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