1616話 雨降って地固まる

結局殴り合いはドロガーの勝利で終わった。当たり前だよな。クロミも意外に素早い動きを見せてくれたものの、地力でまさるドロガーの相手にはならなかった。

しかもドロガーの奴、途中からローキック以外使ってない。それに気付いたクロミも途中までは意外な素早さを発揮してするする避けていたのだが……結局は捕まってしまい、一発、二発と蹴られるごとにどんどん動きが悪くなっていった。

わざわざ服なんか脱いだもんだから防御力がすかすかなんだよな。その点ドロガーもよくやったと思う。手心など加えずに、全裸のクロミを甘く見ることもなく魔法なしのフェアプレイでクロミを圧倒しやがったもんな。しかも顔と体に傷をつけずに。憎いことしやがって。


「どおだぁクロミぃ! 俺の勝ちだろぉが!」


「まだだし! ウチの意識があるうちは負けてないし!」


床にへたりこんでるくせに元気だな。


「お前も強情だなぁおい! その姿で足腰立たねえってこたぁ襲ってくれって言ってるようなもんだろぉが! おい魔王! まだ時間はあんだろぉな!?」


「あると思うぞ。たぶん四十分ぐらいかな。」


「そんなら今度こそ先ぃ行っとけ! クロミにしっかりと分からせてから行くからよぉ!」


「いいのかクロミ? ドロガーはこう言ってるぞ?」


一応私は立会人だからな。勝負が終わるまでは離れられないぞ。


「いいよニンちゃん……先、行ってて……」


「分かった。くれぐれもボスが再び現れる前に降りてこいよ?」


「おう。さっさと終わらせてやらぁ!」


さっさと……あぁ、ドロガーはそうだったか。


「じゃあ先に行ってるからな。」


まったく、こんなことしてる場合じゃないんだけどなぁ。迷宮の外に出てからやってくれよな……






カース達がボス部屋を出ていってから数分。二人を襲っていた沈黙が不意に晴れた。


「で、ヨッちゃんどうするの? 今なら好きにできるけど?」


「バカが。どうもしねぇよ。お前に殺されたかぁねぇからよ。それよりそろそろ服着たらどうだ? いつまでもそんな格好されてちゃあさすがの俺も我慢がやべぇぜ?」


「ふーん。殺されてもいいから抱くのが男じゃないの?」


「それで一番困るのは魔王だと思うぜ? 俺の力ぁともかくよ、クロミの力ぁ魔王に必要だろ?」


「ふーん? ウチがヨッちゃんを殺せる奥の手を持ってるように、ヨッちゃんも切り札ぐらい用意してるってこと? やっぱ油断できないねー。」


「冒険者ってなぁそんなもんなんだよ。ほれ、いいから服着ろ。遊びは終わりにしようぜ? なんでこんなことしたのか俺にぁよく分かんねぇけどよ……」


「服とって……」


「お、おお。」


散らばったクロノミーネの服を甲斐甲斐しく拾うドロガー。とっくに温もりは失せている。そして最後の一枚を拾い上げるとクロノミーネのもとへ。


「こんなもんまで男に拾わせるんじゃねぇよ。」


「だって立てないんだもん。ヨッちゃんのせいで。着せて……」


「ば、バカ言うな。自分ではけや。それとも負けを認めるか? それなら話は別だがよ?」


「ふんだ……ヨッちゃんのバカ! ヨッちゃんってホントに間が悪いよねー! 今なんかすっごいチャンスなのに! どうして?」


「当たり前だろ。誰が弱った女になんか手ぇ出すかよ。おめぇこそ無駄な意地ぃ張ってねーでさっさと俺に落とされちまえよ。」


「ふーん。ヨッちゃんいい男だね。見直したよ。じゃあ服着たらおぶってくれる?」


「おお、それぐれぇなら構わんぞ。さっさと着ちまいな。」


そしてのんびりと服を着たクロノミーネをドロガーが背負う。


「ヨッちゃんの背中って逞しいね。」


「当たり前だろ。これでも五等星だぜ?」


「知んないし。でもいいの? ここからだと、首が簡単にとれちゃうよ?」


「へっ、やれるもんならやってみな? まっ、もうこうしてお前に触れちまったしよ。殺されても文句言えねーなぁ?」


「バカ、冗談だし……」


雨降って地固まる。

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