1606話 安息の時、悲哀の酒

うーん……朝かな。かなりよく寝た気がする。


隣にはアレクがいる。ふふ、よく眠ってるな。むむっ、アレクの髪が乱れている。風呂に入る余裕もなく寝てしまったのか……『浄化』

アーニャにも。




シェルターの外に出てみると、赤兜が一人で入浴していた。


「おお、早起きじゃないか。」


「ああ……目が覚めてな……」


あ、そうだ。ついでだから聞いておこう。


「全滅したお前らが一番奥まで進んでたんだよな?」


「あ、ああ……そうだ……」


「お前は洗脳されてなかったようだが、それなのになぜこんな危険なことしてんだ? 命令に従ってるだけか?」


こいつには解呪を使ってないのに契約魔法が効いたんだよな。効いた後で気付いたんだけどさ。


「洗脳? よく分からんが……騎士ならば陛下の命に従うのは当然だろう……」


「なんだ、お前ってお目見得めみえだったのか?」


赤兜ってごくたまに忠誠心の高い奴が混じってるんだよな。


「いや、俺ごとき……陛下にお目通りが叶うはずがない……」


「じゃあ宰相には?」


「あるはずないだろう……」


うわー。これは珍しい。ナチュラルに忠誠心高いタイプかよ。こんな配下がたくさんいたらジュダの奴は笑いが止まらんだろうね。実際にはそうじゃないから洗脳魔法使ってんだろうけどさ。


「じゃあお前らは忠誠心を買われて最前線を突破してたってことか?」


「違う……」


あら、違うの?


「じゃあ腕が立つからか?」


「違う……」


「何でだ?」


始めからこう聞けばよかったよ。


「身分が低いからだ……使い捨てるにはちょうどいいんだろうさ……」


「ん? そりゃあおかしくないか? お前らってどいつもこいつもムラサキメタリックの装備を持ってるよな。使い捨てにすら支給されてんのか?」


「その通りだ……俺たちが迷宮から素材を持ち帰ればムラサキメタリックなんていくらでも作れるらしいからな……」


んん?


「一応聞いておくが、お前らが持ち帰るのってこれか?」


魔力庫からムラサキの金属を取り出す。カゲキョーで手に入れたやつを。出し入れがすごく大変なんだぞ?


「それだ……それほどの塊があれば十数人分の装備が作れるらしい……」


この、せいぜい三キロム程度のインゴットでか。どうなってんだか……


「そんな扱いされてんのにお前は天王に忠誠を誓ってるわけか?」


「当たり前だろう……騎士とはそういうものだ……」


ふーん……納得はいかないが、こいつが言うことに嘘はないしね。


あ、そうそう。これも聞いておこう。


「お前らってこれをどうやって収納してんだ? 魔力庫に入るのか?」


「いや、普通に収納の魔道鞄だが……」


それがあったぁ! そうだよ! わざわざ魔力庫に収納しなくたって! クタナツにも売ってたし! 収納ができる魔道具的な鞄! これならそりゃあ収納できるわな! なんで私はそんな簡単なことに気付かないかねぇ……

普段使わないからだな……初等学校時代に見たのは安物の低性能のやつだもんな。高いのには相当たくさん入りそうだし魔力消費も少ないかも知れないもんな。でも、分かってすっきりしたかな。

あー、でも……今思えばこれまで殺してきた赤兜の持ち物をもう少しじっくり調べるべきだったか。普通に焼き捨てたり、目立つものしか拾ってなかったもんな。次から気をつけよう。


「手持ちにムラサキの塊があれば出しな。」


「そこの、俺の服の下に魔道鞄がある……とってくれ……」


『風操』


「どれだ? 服しかないようだが……」


男の服なんて触りたくもないからな。ましてや下着なんぞ……


「それだ……」


腹巻きじゃん……


「ほれ。」


「ああ……」


赤兜は腹巻きの隙間に手を入れると……


「これだけだ……」


湯船の外にムラサキのインゴットを四つ落とした。


「そんじゃ貰っとくぜ。」


使い道はないのだが、ダークエルフの職人クライフトさんやクタナツの鍛冶屋に見せるのも面白そうだからな。


「ああ……」


さすがに絶対服従が効いてるだけあって素直だな。


ふう……やっぱ収納するのにひと苦労だわ。


「ところでお前、腹具合はどうだ?」


「へっている……」


「じゃあ適当に何か食わせてやる。好きなタイミングで上がってこい。」


「ああ……」


「ガウガウ」


カムイ、起きてたのか。お前も腹がへったんだな。それなら先に朝飯にするか。手洗いは後でいいだろ?


「ガウガウ」


ん? 手洗いよりも水でぶるぶる洗え? 意味が分からんぞ。なんだそのぶるぶるって。んん? クロミに聞けば分かるって? 分かった分かった。飯の後でな。


さて、何の肉を焼こうかね。特に私なんか血をたくさん流してしまったからな。たっぷり栄養を取らないと。ついでにくそまずい熊胆も食べないといかんな。




「いい匂いさせてんじゃねえか。」


ドロガーも起きてきた。


「おう、起きたか。食え食え。」


私も食べよう。たまには朝から焼肉も悪くないだろう。


「いただくぞ……」


赤兜も風呂から出たか。


「これ飲んでみな。」


「この匂いは……いただこう……」


風呂上がりにキリっと冷やしたアラキの新酒さ。私も飲もう……今日はとことん。コーちゃんの分まで……


「おうドロガー、お前にはこれを飲ませてやる。大活躍だったからな。」


「おっ、どれどれ……ほぉう、いい香りさせてんじゃ……な、なんだこりゃあ……旨すぎんだろ……」


ディノ・スペチアーレさ。コーちゃんも大好きだったスペチアーレ男爵の酒。


「おら、ガンガン飲むぞ。ドロガーは二杯目からはこっちな。」


いつか、いつかコーちゃんが帰ってきた時のために……スペチアーレはとっておかないと。コーちゃんは死んでなんかいない。絶対、絶対いつか帰ってきてくれるんだ……

帰ってきてくれよコーちゃん……

スペチアーレを残して待ってるからさ……

頼むよコーちゃん……

またピュイピュイって声を聞かせてくれよ……

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