1605話 四十階、安全地帯の空模様

着いた!

やっと!

安全地帯に着いたぞ!


マギトレントの湯船。

ピラミッドシェルター。

とりあえず出すだけ出しておく。そして私は一目散にシェルター内へ。お先にごめんよアレク……

そしてすまんカムイ。手洗いは私が起きてからにしてくれ……もうだめ……


「ガウガウ」






「ちっ、魔王の野郎いい気なもんだぜ。クロミもさっさと寝ちまいな。かなり疲れたろ? お前がいなきゃあ魔王は死んでたもんなぁ。そうすっと俺らも死んでたわけだがよ。」


「ヨッちゃんこそカッコよかったしー。裸で傷だらけになりながらも戦い続けてくれたし。」


「へっ、やらなきゃ死んでんだ。やるっかねぇぜ。ったく迷宮なんざ来るんじゃなかったぜ。」


「そう? ウチは来てよかったと思ってるしー。そりゃあ魔物の強さなんかで言うとウチらの村の周りの方がよっぽど激ヤバだけどー。なんて言うかー、面白くない?」


「へへっ、違ぇねぇや。魔王なんぞと知り合ったばっかりによぉ? なぁにが遊びに行こうぜ、だよあの野郎。あんな野郎とずっと付き合うことになるたぁ女神も腹ぁ決めたもんだなぁ? お?」


「そんな大仰な話じゃないわ。でも、カースといると信じられない経験ばかりね。天空の精霊には会うし、神にだって会ったし。」


「おっ? やっぱとんでもねぇことやってんな? 詳しく聞かせろや?」


「起きてからね。私だってカースほどでなくとも限界なんだから。じゃあおやすみ。」


そう言うとアレクサンドリーネは、すでに眠り込んでいるアーニャを浮かせてシェルターの中へと入っていった。ちなみに赤兜も到着するなり床にへたり込んで、そのまま眠っている。


「どうするヨッちゃん? せっかくだからご褒美あげよっかー?」


「ご褒美だぁ? えらい期待させんじゃねぇかよ。」


「ほら、あれあれ。」


クロノミーネが指差したのはカースが置いた湯船だった。


「マジかよ!」


「ヨッちゃん頑張ったもんねー。あ、でもウチに指一本でも触れたら殺すしー。見るのはいくら見てもいいよー?」


「マジかよ……」


そんなドロガーを尻目に服を全て脱いだクロノミーネ。裸体を隠すことなく湯船へと歩き、ふわりと身を沈めた。


「どーしたのー? 入らないのー?」


ちなみに湯船には先にカムイが入っている。


「あ、ああ、今いく……」


「ちょっとー、その脱ぎ方男らしくないしー。男ならもっとガバッと脱いだらぁー?」


「う、うるせぇんだよ……」


おどおどしながらも服を脱ぐドロガー。三十代も中盤、いい歳をした大人がまるで少年のようだった。




「ガウガウ」


カムイがクロノミーネに何か言うものの……


「えっ、なぁに? もう上がるのぉ?」


首を横に振る。


「ウチに何かして欲しいのぉ?」


今度は縦に振った。


「どうせクロミに洗えって言ってんだろうぜ。こいつぁ魔王や女神に手洗いされんのが大好きなんだとよ。」


いつの間にやら湯船に身を沈めていたドロガー。早い男である。


「ふーん、狼殿ったら洗って欲しいの?」


「ガウガウ」


首を縦に振るカムイ。


「分かったしー。」


『微水細動』


「ガガガァウウウ」


「へへー気持ちいい? ヨッちゃんもやったげよっかー?」


「お、おお、た、頼む。」


「いっくよー。」


『微水細動』


「おっ、おおお!? こ、こりゃういいいいいいいいいい…………」


ドロガーの体が震えている。いや、声まで震えている。


「ガガガァウウウゥゥ」


カムイも震えている。


「くぅろぉみぃいいいいいいい…………」




「はい終わりー。どうどう? 気持ちよかった?」


「ガウガウ」


カムイは満足そうな顔をして湯船を出ていった。それから体を大きく振って水を弾き、そこら辺で体を丸めて眠りについた。その姿が心なしか小さく見えたのは、コーネリアスがいなくなったせいか。それともクロノミーネの気のせいだろうか。


「ふうぅ……えれぇ気持ちよかったぜ……こりゃあどんな魔法だぁ?」


「別にー? 水をちょこっと動かしただけだしー。疲れた時にはいいよねー。」


「かぁー、やっぱクロミぁすげぇな。ダークエルフってのはみんなそうなんかよ?」


「まーこのぐらい普通なんじゃん?」


「そうかよ。そんじゃあ何か? みんなクロミみてぇに黒くてきれーなんか?」


「えっ? ウチ黒い? きれー? ホント!?」


「当たり前じゃねえか。お前みてぇなきれーな女ぁ見たことないぜ。」


「ふーん……惜しかったし。もうちょっとでぐらっといったかもしんなかったねー。」


「あ? 惜しいって何だよ! ぐらっといくってよぉ!?」


「まあいいからいいから。今度は頭の方にもやったげるし。気持ちいいよ?」


「お、おお、頼むわ。」


結局ドロガーはクロミに指一本触れることはできなかった。だが、思いのほか心地のよい入浴をすることはできた。きっと、ぐっすり眠れることだろう。




ドロガーが寝た後、クロミはカムイのそばに腰を下ろし、カムイに抱きつくように眠った。カムイもそれを拒否することはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る