1602話 見えない壁の向こう側

…………ずま…………




……かず……………




……が……とう……




………あい………たい…………






「……っくはっ!」


「カース!? カース! 大丈夫なの!?」


「ニンちゃんニンちゃん!」


ここは……

見えない壁の向こう側か!


「コーちゃん! コーちゃんは!」


「カース……」


「精霊様は……」


「やっと起きやがったか魔王よぉ……」


ちっ、ドロガーめ。汚いものを見せるな。ん? それ……


「おいドロガー……なんでそんなに血まみれなんだよ……」


「魔物が来たからに決まってんだろ……クソが……魔力ぁ空っけつで頭ぁ痛すぎるってのによぉ! おまけに素手! しかも女神もクロミも戦える状態じゃねえときやがった!」


マジかよ……エゲツなすぎるだろ……

ここの壁を通るには装備を解除して魔力も空にするしかない。そんな状態で魔物と戦わせるってのかよ……

しかもアレクもクロミも、腕が折れたままだし……そんな状態なのにアレクは私に膝枕を……


「すまんなドロガー。もう二分ほど頼むわ。」


そうすれば私が魔力庫からポーション類を取り出せるぐらいには魔力が回復するだろう。魔力庫からの物の出し入れに魔力を消費しないよう設定している者もいるのだろうか。よっぽと低性能の魔力庫ならば理論上可能だろうけど……


「ちっ、せいぜい魔物が現れねぇことを祈ろうぜ!」


「それはそうとアレク。もう少し待ってね。すぐにポーション出すからね。」


「ええ、それよりカース……今回はごめんなさい……私の不用意な一言で、こんなことになってしまって……」


クロミが裸なのはどうでもいいが、アレクまで全裸だなんて。わずかでも回復すれば魔力ポーションを取り出せるからな……


「それよりコーちゃんは? 姿が見えないけど。」


「カース……コーちゃんは……」


なんだよアレク……そんな、泣きそうな顔して……


「精霊様は……」


クロミまで……なんだよ二人して……さてはドッキリか? いやいや、その手はくわんぞ。コーちゃんは不死身なんだ。私の水壁だろうとキアラの氷壁だろうとすいすいっとすり抜けることができるんだから。だからオリハルコンの首輪が抜けないぐらいで……ぐらいで……


「ねえアレク、コーちゃんは?」


「うるせえぞ魔王ぉ! てめぇも男ならぐだぐた言ってねぇで手ぇ貸せや!」


ムカッ!


「うるせえんだよ! やってやらぁ!」


魔物は一匹だけ。私と同じ程度の大きさの……レッドキャップゴブリンだ……最悪……


「おらぁ! さっさとトドメぇ刺せや!」


ドロガーと赤兜が魔物の両手を押さえている。ギリギリか……くそっ!

後ろに回り込んで……チョークスリーパー……の体勢から、首をぶち折った。


「おら魔王ぉ! 油断してんじゃねぇぞ! すぐ次が来んぞ!」


くそが……また上級ゴブリン、レッドキャップかよ……こいつは手強い上に凶暴で、その上臭いんだよ。私の体からはもう悪臭が漂っている。魔力がない今、下手すりゃ病気になってしまう……

ちっ、しかも今の一瞬で数ヶ所ダニに噛まれてやがる……なんで迷宮の魔物にダニが付いてんだよ!


だが……


「ドロガー! 赤兜! 十秒耐えてろ!」


「おおよ! 早くしろや!」


ついに、魔力庫から……魔力ポーションを一本だけ取り出せた。飲む。くそまずい。だが、魔力は戻った。一割もないが関係ない。


『風斬』


魔力さえ戻ればこっちのもんだ。死ね。


「アレク! クロミ! 飲んで!」


高級ポーションと魔力ポーションを一本ずつ渡す。クロミの魔力が戻れば骨折も治せるだろう。


『浄化』

『換装』


そしてさらにもう一本……ふう……まずい。だがもう大丈夫だ。頭痛も消えたし……またレッドキャップゴブリンが現れても。


『風斬』


敵ではない。


「ほれ、お前らも飲め。」


やはり高級ポーションと魔力ポーションを一本ずつ。ついでに『浄化』


「やっと復活しやがったか……遅ぇんだよ。死ぬかと思ったぜ……」


「悪かったな。お前の、いやお前らのおかげで助かった。ありがとな。」


「まあお前が壁ぇ通るカラクリに気付いてくれたおかげだけどな。こっちこそ助かったぜ。」


お互い様か。


「カース!」


「アレク! 元気になったんだね! よかった!」


私の胸に飛び込んできた。両腕が治り、服も着ている。


「カース! コーちゃんが! コーちゃんが……」


やはりコーちゃんは……


「コーちゃんはもう、いないんだね……」


「ごめんなさい! ごめんなさい私が! 私のせいで!」


「いやいや、もちろん違うよ。むしろアレクのあの一言があったから今こうして全員生き残ってるんだよ。」


不用意に魔法を撃ったのは私なんだから。今思えば、軽く一発撃ってからでも遅くなかったってのに。あの時って軽く撃ったのでは反応が分からないから、アレクは全力でって言ったんだろうしね。


「そーそー。精霊様は残念だったけど、おかげでウチら全員生き残ったしー。ヨッちゃんに感謝しなよー?」


「ん? ドロガーに? もちろんしてるが。」


「違うしー。さっきニンちゃん壁の向こうで全魔力を使い果たして気絶したじゃん? それをこっちに引っ張りこんだのはヨッちゃんだし。せっかく助かったのに精霊様と一緒に死ぬところだったしー?」


くそ……さっき残ってた全魔力程度ではオリハルコンの首輪を広げることはできなかったのか……そもそもコーちゃんは一体化してるとも言ってたな……

付ける時に熱々なのに無理矢理首を突っ込んだことで焼きついたような状態だったりしたんだろうか……


「ドロガー……最後の瞬間は見たのか?」


「ああ、見たぜ。ギリギリだったがよ。あの蛇ちゃんはお前の手から離れて悪食の口へと向かってよ。お前はお前で気ぃ失うしで、お前一人を引っ張りこむだけで精一杯だったぜ? マジで。」


「そうか……ありがとな……」


コーちゃん……もっと早く気付いてれば……


「ちょっとニンちゃん! ポーションもう一本! 黒ちゃんに飲ませるし!」


「お、おお、はいこれ。」


アーニャは両脚折れてたもんな……


「ガウ……」


おお! カムイ! やっと起きたか! 大丈夫か!?


「ガウ……」


限界以上に魔力を使ってしまったって? 私の血をたっぷり舐めたから? そんなことしてたのかよ。よく分からないがブーストかかったってことかな。でもおかげで悪食を足止めできたんだろ? ありがとな。


「ガウ……」


コーちゃんはきっと生きてるって?

はは、私もそう思うよ。コーちゃんが死ぬわけないよな。きっと、いつかまた会える……会えるさ……なあカムイ。


「あー! ニンちゃん泣いてるぅー! 泣き虫だぁー!」


うるせぇな……別に泣いたっていいだろ……


「カースは泣き虫だもの。だから泣く時はここで、ね?」


うえーんアレクぅー! だってコーちゃんが! コーちゃんがぁーー! アレクの胸で……私は……ぐすっ、コーちゃん……




「ちっ、魔王のバカ野郎がぁ……さっさと立ち直りやがれってんだ! それまで……少しだけ魔物の相手しててやらぁ!」


「仕方ないからウチもー。」


「おっ、クロミ大丈夫か? ちーとばかりポーション飲み過ぎてねぇか? おう赤兜、てめぇはあの女の世話してろぉ!」


「あ、ああ……」

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