1600話 絶体絶命クロノミーネ

それからどれぐらい時間が経ったのだろうか。

アレクサンドリーネの体感では一時間は過ぎただろう。クロノミーネとて同じかも知れない。

だが、実際には……


「そろそろ十分ってとこか。まだ魔王は起きねぇのかよ……」


「ぷはっ! まだだし! それともヨッちゃんが代わりにやってくれる?」


「ばっ! ばか! 身体ぁ隠せよ!」


「クロミ、代わるわ。せめてカースを温めるぐらい私がやらないと……」


「そうねー。じゃあそうしよっかー。あー疲れた。ニンちゃんの魔力ってめちゃくちゃだよぉー。」


クロノミーネは服を着た。そして代わりにアレクサンドリーネが服を脱いだ。魔力を温存するために換装は使っていない。自分の手でウエストコート、シャツ。そして下着を外した。慌てて目を背けるドロガー、ついチラ見してしまう赤兜。

それからアレクサンドリーネはカースに覆い被さり、その上からコートをかけた。サウザンドミヅチ革製の真っ赤なコートを。


「はぁー、ウチもがんばろ。ヨッちゃん見張り頼むし!」


クロノミーネも再びカースに口付けをし『錬魔循環れんまじゅんかん操作理意そうさりい』を始めた。


「おお、任せとけ。つーか、そろそろやばそうだぜ? むしろあっさり三十八階に戻った方がよくねぇか?」


「いや……それはやめた方がいい……」


赤兜が口を開いた。


「なんだお前、もしかして実行済みかぁ? そんでどうなったぁ?」


「一度あいつが出現したからなのかも知れないが……この階の入り口に近付くと……それだけであいつが寄ってくる気がする……確信があるわけではないが……」


「なるほどなぁ。そんでお前ら全滅してんだしなぁ。まあ逃げる最中にでも入り口辺りまで戻ったら確かめりゃあいいか。どっちにしても魔王の野郎が目ぇ覚まさねぇことにぁ俺らあヤバいぜ?」


「魔王と呼ばれているんだな……この若さで……よく俺は助かったもんだ……」


安全地帯に入ろうとして無体を働いたために、自分以外が全滅した赤兜。最後の最後でとっさに『頼む』の一言を発したことで自分だけは命拾いをした。


「だよなぁ。つーか赤兜よぉ? 俺の顔知らねーのか? 五等星の傷裂きずさきドロガーだぞ? それがこのパーティーじゃあ子供扱いでよぉ……嫌んなるぜ。」


「おお……かの傷裂か。噂はかねがね。なるほどな……傷裂でさえそのような扱いか……ならばこの女は?」


「知らねー……が、魔王の大事な女かも知んねーって話だ。俺も分かっちゃいねーよ。せいぜい大事に扱っとけ。」


「あ、ああ……どこかで見た気もするが……」


アーニャは拐われてきた当初は天都イカルガにいたため、知る者がいてもおかしくはない。だが現在のアーニャを見て、それを思い出せる者はそう多くないだろう。別人のように痩せ細ってしまっているのだから。




「ピュイピュイ」


コーネリアスがカムイに巻きついたまま声をあげた。


「何だぁ蛇ちゃんよぉ? あ、もしかして悪食が近いってのか!?」


「ピュイピュイ」


鎌首を縦に振った。


「分かったわ。」


立ち上がり、服を着たアレクサンドリーネ。ただしウエストコートのみを。赤いコートはカースにかけたままだ。


「コーちゃん、あいつはどっちから来てる?」


「ピュイ」


「あっちね。分かったわ。」


『浮身』

『風操』


再び逃走が始まる。

カースはまだ目覚めない。




「ちっ、もう見えたぜ。あいつさっきより早くねぇか?」


「奴は……だんだんと早くなるようだ……」


「ぷはあっ、はっ、はぁ……金ちゃん魔力ポーション!」


「クロミ……本当に大丈夫? 飲み過ぎなんじゃ……」


先ほどはラスイチと言っていたはずなのだが。


「いいから! 昔ニンちゃんだって魔力ポーションを何十本と飲んでイグドラシルを実らせたみたいだし! もう二、三本ぐらい平気だし!」


「クロミ……ありがとう……」


「ニンちゃんのためなら当然だし!」


クロノミーネだけでなくアレクサンドリーネも魔力ポーションを飲んだ。ギリギリなのはお互い様なのだろう。


「カズマカズマカズマカズマカズマカズマ……」


その時、赤兜の腕にしっかりとその身を抑えられていたアーニャが、すっとその手をほどきカースへとにじり寄った。

何をするということはない。ただ、いつものように左腕に抱きつき、隣に横になっただけだ。


「黒ちゃん……少しニンちゃんに体温が戻ってきたし! これなら「ギャワワッギャワワッ」


コーネリアスの警告。一体何が? 次の瞬間、ミスリルボードは何かに衝突した。そう、目の前を塞ぐ、見えない壁と。

必然的に、全員が全員とも壁へと叩きつけられた。

先ほどの逃走ルートと違う道を選んだことが原因だろう。知らず知らずのうちに、いくつか存在する見えない壁がある経路へと。


しかもこの道は……


「くっそ……痛ぇじゃねぇか……何が……」


「ピュイピュイ!」


「おお、蛇ちゃんは無事か……お、おいクロミ! しっかりしろ! 大丈夫かよ!」


ぱっと見ただけで分かる。クロノミーネの右手は折れ曲がっていた。いや、クロノミーネだけではない。アーニャは両脚が、アレクサンドリーネは両手が折れている。むしろ手足だけで済んだのは幸運とも言えるだろう。なお赤兜は赤い鎧のおかげもあったのか、どうにか無傷のようだ。


「見えない壁があったのね……せっかくコーちゃんが警告してくれたのに……」


「お、おい女神! お前もやべぇじゃねぇか! その手……」


「今はどうでもいいわ……もうカースを起こすしかないわ……本当は自然に目覚めて欲しかったけれど……」


迷宮の床を這うようにしてカースのもとへ辿り着いたアレクサンドリーネ。傷だらけの身体とは裏腹に、残った魔力が燃え上がっている。


「カース……お願い、起きて……」


『覚醒』


アレクサンドリーネは全魔力を込めてカースに口付けた。いつもより冷たい感触。いつものようにカースの舌が反応することもない。


本来は眠っている者を目覚めさせる魔法であり、時には気絶した者を起こすにも使用されることもある。だが、明らかに重傷を負ったカースに使うものではない。しかし、今ここでカースが起きなければ……全滅は必至。


なぜなら……




一本道なのだから。


「カース……私の……カース……」


アレクサンドリーネは魔力が尽き、意識を失った。


「くそったれがぁ! おう赤兜ぉ! てめぇポーションか何か持ってねぇのかよ!」


「あるにはあるが……ひいぃっ!」


赤兜には見えてしまった。長い直線の果てから、悪食が迫ってくる光景が……


「くそがぁ……逃げ道すらねえってのかよ……」


悪食の速度と一本道の距離からすると、残された時間は一分もない。ドロガーは必死に生き残る道を探していた。だが……どう考えてもあの化け物を打ち倒す以外に道が見えない。

自分の最高の攻撃や最後の切り札を相打ち覚悟でぶち当てるしかない……などと考えていた時だった。




「……うっぐうぅ……」




ついにカースが目を覚ました。

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