1599話 カース回復中、逃走継続中
倒れたカムイの首にはコーネリアスが巻きついている。おそらくは限界を超えて魔力を消費してしまったのだろう。しばらく意識は戻らないとしても命に別状はないはずだ。
再びボードを床に下ろしたアレクサンドリーネ。一心に治癒を続けるクロノミーネ。
「よし! 傷は全部治ったし!」
「ああっカース!」
もう我慢できないとばかりにカースに縋りついたアレクサンドリーネ。
だが……
「つ、冷たい! カースが冷たい!」
「まだ終わってないし! 体の内外の傷はばっちり治したけど血が足りないの! 幸いニンちゃんの魔力はちょこっと回復してるから! すぐには死なないし!」
すぐには……
「じゃ、じゃあ私が魔力譲渡を!」
「だめ! 金ちゃんの魔力が切れたらウチら終わりだし! ほら! さっさと逃げないと!」
「そ、そうね! で、でもそれじゃあカースは!」
「本当は血を増やす魔法が使えるといいんだけどねー。むずいからウチには無理だしー。おまけに魔力だって残り少ないしー。」
「おい女神! 今ぁおめぇが頼りなんだよ! 魔王が目ぇ覚ますまで逃げ切ってみせろや!」
あまり口を挟むことのなかったドロガーだが、依然として危機を脱出したわけではないゆえの発言だ。
「分かってるわ! カースのこれを一番上手く飛ばせるのは私なんだから!」
ボードは進む。悪食はすでに見えない。
突然クロノミーネが……
「金ちゃん魔力ポーションちょうだい!」
ついさっきまで何かをじっと考えていたようなクロノミーネだが……
「ちょっとクロミ大丈夫なの!? 飲み過ぎじゃない!?」
「いいから! これがラスイチだし!」
「分かったわよ!」
クロノミーネはアレクサンドリーネから受け取った魔力ポーションをゆっくりと飲み終え……
そして……服を脱ぎ捨てた。
「金ちゃんごめんね。」
それからゆっくりとカースに抱きついて……
「クロミ……悪いわね。カースを頼むわ……」
アレクサンドリーネはそこから目を逸らし、前だけを見つめる。
上半身が裸のカースとクロノミーネ。
そんなクロノミーネが、意識のないカースの唇を……奪った。
『
「ニンちゃん……早く起きて……んむっ……」
「お、おい女神……クロミぁ何してんだよ……」
クロノミーネに想いを寄せる身のドロガーとしては気になるのも当然だろう。
「知らないわよ……てっきり魔力譲渡をしてくれるのかと思ったら……」
今のカースには血が足りず、体温もかなり低い。せっかく傷を全て治したのに、このままでは目を覚ますことなく……
だからクロノミーネは魔力という人間のみならず、全生物にとって必要不可欠な要素をカースに注入してくれる……とアレクサンドリーネは考えていた。
ところが、いざクロノミーネが行ったそれはアレクサンドリーネの知らない術式であり、初耳の魔法であった。だが、魔法使いとして自分より遥かに上であるクロノミーネが行っていること故に、口出しをする気はなかった。カースのためならば……
「クロミ! 何やってるのか分からないけど気絶するまでやらないでよ! あなたには聞かないといけないことがあるんだから!」
「んんっううい!」
おそらく……分かってるし! と言いたいのだろう。
アレクサンドリーネがクロノミーネに聞くべきこと。それはカースが透明な壁に対して魔法を撃った時の反応である。
自分はおろか、カムイですら反応できなかったほどの超速度。何が起きたのか見えた者はいない。だが、クロノミーネならば? 見えないまでも何かを感じ取っているはずなのだ。
カースが起きた時に、その情報を伝えさえすれば……きっとカースが何とかしてくれる。アレクサンドリーネはそう考えていた。
自分の不用意な一言で、カースの命を窮地に追いやってしまった。かくなる上は死ぬ気でミスリルボードを飛ばし、悪食から逃げ切ってみせるしかない……カースが目覚めるまで……
アレクサンドリーネは決意を新たにしていた。
それから、襲いくる魔物や立ち塞がる罠。アレクサンドリーネはそれらを全て躱した。そう、完全に避けきったのだ。時には背後を気にしながらも、だが決してペースを落とすことなく精密な制御で飛び続けた。
そしていつしかミスリルボードは……
「ん? おい女神、ここってさっきの場所だろ?」
カースが負傷した透明な壁がある場所まで戻っていた。
悪食から遠く離れる通路を選んでいたら、いつの間にか一周していたらしい。
「いったん止まるわ。クロミ、カースの様子はどう?」
「ぷはっ! まだだし。だいぶマシにはなってきたけどねー。ニンちゃんの魔力回路って広すぎるし綺麗すぎるし上手く廻せないし!」
「クロミ!? あ、あなたまさか!?」
「ん? なぁに?」
「カースに錬魔循環させてるの!?」
「ニンちゃんの魔力を廻してるよ? でないと死んじゃうし!」
魔力とは時に血液のような働きもする。全身を巡り活力を、精気を、命の輝きを湧き起こすものである。特に、このような状況において魔力の循環は死活問題である。
だからクロノミーネは外側からカースの魔力回路に干渉し、錬魔循環を行っていた。
それはまるでカースの幼き日に、イザベルが施していた『経絡魔体循環』にも似ていた。
だがクロノミーネの苦労は並ではなかった。
例えるなら水を自らの腕でぐるぐると回す作業のようなものだろうか。
洗面器の水を掻き回すことは簡単だ。誰にでもできる。
だが、相手はカースなのだ。エルフやダークエルフから見ても規格外の魔力を持つ化け物である。おそらく
それゆえに、洗面器の水などではなく……巨大な湖を掻き回して、その水をくまなく循環させるような操作が必要なのだ。
クロノミーネは全魔力を注ぎ込んでいた。
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