1596話 迷宮の掃除屋『悪食』
顔を出して見てみようか……
「ギャワワッギャワワッ」
コーちゃんの警告! 近寄るなって!?
次の瞬間……駅のホームを通過する特急のような何かが、迷宮の壁をこすりながら私たちの目の前を過ぎ去っていった……
何だよ今のは……めちゃくちゃ禍々しかったぞ……そのくせちっとも魔力を感じなかったし。
「ドロガー……何か知ってるか?」
「いや、知らねぇ……あ、いや、もしかしたら……
は? あくじき? 聞き慣れない名前だな……何でも食べそう。
「なんだそれ?」
「ほれ、ちょい前に変異種の話ぃしたろ? 迷宮を汚すような真似ぇしたらやべぇ魔物が現れるってよ。」
「ああ、覚えてる。」
「さっきのあいつも似たようなもんらしい。いつまでも同じ階層でだらだらしてやがったら現れるとか。いや、又聞きの又聞きだから信用はできねぇぜ?」
なるほどねぇ……カゲキョーの時は同じ階層に十日以上いたこともあるが、そのぐらいでは現れないってことか。いや、このシューホー大魔洞だけの話かも知れないしな。
ならば事情を聞く相手は……
「さあてそこの赤兜? まずは鎧兜を脱いでもらおうか。そんなんじゃ話もできないからな。」
「あ、あぅ、おお……」
あらら。換装を使う余裕すらないのかよ。手作業で鎧を脱いでやがる。自分の鎧だろうにぎこちない手つきだなぁ。さては普段から換装ばっか使ってんな? 自分の鎧の着脱もできないとは、情けない奴め。私もだけど……
長いことボタンをとめた記憶すらないぞ。アレクがカムイの牙ボタンを付けてくれた時だって、一旦収納してから換装を使ったもんなぁ……まいっか。
やっと装備解除しやがったか。素直なのはいいことだ。命は助けてやろう。
あらあら、髪の毛が真っ白になってるじゃん。どうせこいつら無敵の鎧に頼ってるだけの雑魚なんだろうしね。まともな騎士って少ないんだなぁ。
「さて、お前一人じゃここから帰ることもできないよな? いくらムラサキメタリックのフル装備でもな。だから助けてやる。このまま四十一階まで行けば帰れるよな?」
「あうっ、うう……」
言葉はアレだが首は縦に振れてる。
「それじゃあ約束だ。四十一階まで同行を許す。だからその間は絶対服従だ。ああ、もちろん実行不可能な命令なんかしない。いいな?」
「あっ、ああっぐぁぷぉぇぇっ!?」
よし、かかった。
「これが魔王の契約魔法かよ……」
あれ? ドロガーの前で使ったことなかったっけ? 別にいいけど。
「さてと。とりあえず、さっきのアレが現れてから今に至るまでのことを説明してみな。」
「あ、ああ……」
ふむふむ……
事の起こりはほんの数時間前。それまではことさらダラダラと攻略をしていたわけでもないが、どこか意欲に欠ける行動だったと。
ここの安全地帯は見つかったが、肝心のボス部屋が見つからない。
そして気付けばゆうに一ヶ月は経過し、突然この安全地帯から弾き出された。混乱しつつも気を取り直してボス部屋探索を始めたのね。
それから数時間後、突如背後からアレが現れてゆっくりと近付いてきた。赤兜が歩くより遅いペースだったため全員が油断をしており、不気味とは思いつつもちょっかいを出した。
すると、迷宮の壁が迫っているのかと思いきや、いきなり横に割れて近寄った一人がするりと音もなく吸い込まれた。続け様にもう二人。もちろん赤い鎧を装備していたのだが、壁のような魔物の口からは……ぎりぎり、ぼりぼり、ぐちゅぐちゅ……と発狂しそうなほど不快な音が聴こえたと。
たちまち狂乱の渦中となった赤兜。全員ムラサキメタリックに換装することこそできたものの、ほぼ意味をなさず……
指揮命令系統もバラバラとなり、逃げる者に立ち向かう者、あらぬ方向に剣を振る者と様々。
その逃げた者のうち四人がこいつを含むさっきの奴らってことだ。
逃げる寸前に一瞬だけ見たアレの姿は乱杭歯まみれの大口で何もかも噛み砕き吸い尽くす化け物だったと。迷宮の通路いっぱいに広がった口の奥には何も見えず、ただ果てしない闇が広がっているように感じたと……
ノヅチかよ!
それにしてもこいつ、一瞬って言ったくせにえらいしっかり見てんじゃん。ああ、逃げる最中に追いつかれたのか。だから四人しか残らなかったわけね。ふーん、だんだん速くなったのか。そりゃあ危ないな。さっき通り過ぎたスピードからすると私が全力で走るよりかなり速そうだった。さすがに新幹線並みなんてことはないけどね。落ち着いて思い出せばせいぜい鈍行ってとこだろうか。うーん、速いじゃん。
「ところでお前、昼と夜が分かる魔道具持ってないか?」
「い、いや……ない……隊長しか持ってない……」
やっぱ下っ端は持ってないのか。なくてもそこまで困らないけど、やっぱ時間の感覚が狂うもんなぁ。
「それより魔王よぉ……やべぇことに気付いちまったぜ……」
「ん? 何?」
深刻な声を出してどうしたドロガー。
「こいつが生きてる間ぁ、悪食の奴ってずっとこの階層を巡回すんじゃねぇか?」
「あ……」
マジかよ……
正直助かるためにこいつを見殺しにするどころかアレの眼前にほっぽり出したって何の罪悪感もない。ないが……約束しちまったんだよぉぉーー! そりゃあ他人にかけた自分の契約魔法だから魔力のごり押しで破れないことはないさ。
だが……さすがにそれはだめだ。
約束を破ることは……前世で忌み嫌っていたあいつら、もう顔も名前も思い出せないが簡単な約束すら守れないクソな奴らと同列になってしまう……
厳密に言えば約束は『同行を許す』だから守ってやる必要はない。だからって敢えて見放すような真似はできないし、結局は無理をしない程度で守ることになるだろう……
くそ、これだから私は甘いって言われるんだろうなぁ……母上なら顔色ひとつ変えずにこいつを殺してるんだろうなぁ。
『約束? 何のことかしら?』とか言いそう。
「どうすんだ?」
「保留で。とりあえず食って休む。起きてから考えるわ。お前も食え。ついでにほれ。」
『浄化』
「ああ……ありがと……」
私の特技は問題の先送りだ。まだこいつから聞いてない情報がたくさんあるからな。それからでも遅くはない。それに今の私は結構魔力が減ってるもんな。無茶はできないさ。
あー腹へった。
「ギャワワッギャワワッ」
むっ、どうしたコーちゃ、なっ、まさか!?
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