1595話 三十九階の安全地帯にて

やれやれ、疲れた疲れた。ちょっとばかり慎重に進みすぎたかな? 妙な部屋があったせいで。でもやっと見つけたぞ。クロミの感覚でもカムイの嗅覚でも異常なし。まともな安全地帯に違いない。


「一応僕が先に入ってみるからアレクは待っててね。」


「え、ええ。気をつけてよ……」


神は趣味が悪いからな。


どこも安全地帯とは通路がべっこりと窪んでスペースが生まれている。狭いところもあれば奥が広くなっているところもある。


ここは狭いタイプか。通路の幅と同じ程度しか奥行きがない。五メイル四方の正方形だ。この狭さだとピラミッドシェルターが出せないんだよな……湯船は出せるけど。一泊するには向かない場所だ。どうしよっかなー。次の階まで行ってしまうか……


よし。ぐるぐると歩き回ってみたけど異常なし。安全と見ていいだろう。まったく、安全地帯の安全を確認せねばならないなんて面倒だなぁ。でも迷宮だもんなー。魔境ではどんな事態でも起こり得るもんだし、きっと迷宮でもそうだよな。


「お待たせ。問題ないね。休憩しようよ。」


「ええ、わざわざありがとう。」


私がアレクの安全のために労を惜しむはずがないさ。


「じゃあお茶の用意をするわね。座って待ってて。」


「うん。ありがとね。」


「しっかしよぉ。こーんな迷宮ん中で飲めるようなレベルの茶じゃねぇよなぁ。どんだけ高位貴族なんだよ……」


「なんだよドロガー。もう忘れたのか? 仕方ないなぁ。しっかり聞かせてやるよ。」


「いや……いい。ちゃーんと覚えてるからよ。ローランド王国建国以来の名門で四大貴族の一角アレクサンドル家の分家で父親はどこかの街の騎士長なんだよな?」


「惜しい。どこかの街じゃねえよ。フランティア領はクタナツの騎士長だ。まだまだ甘いな。」


「他国の情報をそんだけ覚えてたら上等だろ? そんで魔王の父親は好色騎士で母親は魔女なんだろ? 夫婦間にえれえ差があんなぁ。」


「そうか? お似合いの夫婦だぞ?」


間違いないね。


「はい、カースお待たせ。苦いわよ?」


「うん、ありがと。いただくね。」


苦いお茶とは珍しい。どれどれ……


「ぐっ、こ、これは……」


「カゲキョー迷宮で手に入れた熊胆ゆうたんが入れてあるわ。みんな疲れが溜まってることだしね。全部飲まないとだめよ?」


アレクが淹れたお茶を私が残すはずがない、が。それにしても何という苦さ……でもその分ほど健康に良さそうな気もするな……


「ウチ無理ぃー! ニンちゃん飲んでぇー!」


「うげぇ……熊胆かよ。いいもん持ってやがんな……うぎぃ……」


「ガウガウ……」


「ピュイ……」


「…………」


残したのはクロミだけで他の全員ともきちんと飲んだ。ちなみにクロミの分は私が飲んだ。これで健康間違いなし。




「そんで魔王よぉ。今からどうすんだ? ここで一泊すんのか?」


個人的にはこんな所に泊まりたくなんかないが……


「アレクから見てアーニャの疲れ具合ってどうかな?」


アーニャは私がミスリルボードに乗せない限りはずっと歩いている。何も考えず歩くだけなのだが、常人にとっては距離感がおかしくなるこんな迷宮を歩くのはさぞかし負担だろう。ましてやアーニャは疲れたとも元気だとも言えないのだ。よってアレクの判断が最も信用できると言える。


「そうね。まだ大丈夫そうではあるけれど、迷宮内で『まだ』は危険よね。今日はここまでにしておくべきかしら?」


それならそれで飛んでいってもいいのだが……


「分かった。じゃあ今夜はここで一泊ってことで。シェルターは出せないからみんなで横になって寝るとしようかな。トイレはあっちの隅で。」


この狭さはトイレにも不向きなんだよなぁ。うまく『消音』や『土芥つちあくた』なんかの魔法を使わないとなぁ。


とりあえず全員に『浄化』


「あっ、ニンちゃんありがとー。すっきりするねー!」


「ありがとうカース。」


「やるなぁ魔王。」


では夕食といこうか。


「あ、ニンちゃん。何か来るよ?」


「ん?」


「どけぇ! 邪魔だあ!」

「やっとだぁ! 着いたぜぇ!」

「おらぁどけやぁ!」


『烈風』


ムラサキメタリックを纏った赤兜どもだった。生意気にこんな階層まで来てやがるとは……何かから逃げてるみたいだったが、挨拶がなってない奴は入れてやらん。


「なっ! てめぇ何しやがる!」

「俺らを誰だ、やべぇ来たぁ!」

「命だけぁ助けてやるからさっさとどけぇ!」

「前ぇ! さっさと入れぇ! 邪魔なら殺せや!」


『烈風』


風の中級魔法。いくらムラサキメタリックでも向かい風には勝てんだろ? ダメージはなくても足は止まる。で、何に追われてるんだ?


「ひいっ! き、来た! た、頼むぅ! 入れってぇく!」

「ちいっ!」


あ、剣をこっちに向けやがって。それはアウトだ。


『徹甲弾』


やはりダメージはないだろうがぶっ飛べ。


「なっ!? ベイル! てめぇよく『徹甲弾』びぎゅあーーっ!」


「ぶち殺っ『徹甲弾』しゃぐっう!」


「ほら、お前は入っていいとよ。ツイてんなぁ? 赤兜の旦那よぉ?」


「あ、ああ、ありがっ……」


その時、目の前の通路から徐々に妙な音が聴こえてきた。

きゅるきゅると回転するような音。

ごうごうと何かを吐き出すか吸い込むような音。

ぎいぎいと何かをこするような音。


それらが相まって、かなり気持ちの悪い音を立てていた。そして、段々と近づいてくる……

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