1592話 ダークエルフの教え

いやーいい湯だったなあ。ぽかぽかだよ。

気分がいいからやっぱ私も飲もうかな。アラキの新酒をキンキンに冷やしてさ。


ん? あれは……


「悪かったなクロミ。アーニャは何やってんだ?」


何やら虚空に向かって手を動かしているが……


「んー? ヨッちゃんと同じで幻覚を見せてんのー。効果があるかは分かんないけど、まあ効いてるくなーい?」


あー……なんだか釈然としないけど、まあ私が文句を言うことでもないしな……


「どんな幻を見せてんだ?」


「知らなーい。本人が見たいものが見える魔法だしー。黒ちゃんが全然喋らないから何が見えてんのか分かんないけど、まあニヤニヤしてるから幸せなんじゃん?」


うーん、そうだな……ニコニコってよりはニヤニヤって感じだな。


「じゃあニンちゃん! ウチの相手してよね!」


「相手の種類によるが……」


「さっきヨッちゃんとやってたじゃん! ウチともやってよ!」


ああ稽古か。


「それなら構わんよ。ちょっとここでやるには狭いから外に出ようか。」


なんせナイストリップしてる奴らがいるからな。


「いいよー。ふふーんお出かけお出かけー!」


ええーい! アレクが見てるのに腕を組んでくるな! そりゃあアレクはそのぐらいでガタガタ言うタイプじゃないけどさ。


安全地帯を出て少し歩く。氷柱を転がして、罠がないことは確認済み。


「ところでダークエルフって普段どんな稽古をするんだ?」


「んー、 普通だよ? 向かい合って同時に魔法を撃つだけー。あっ、でも同じ魔力しか使っちゃいけないの。どっちかが指定した魔力と同じだけ。多くても少なくてもだめー。やってみる?」


へー。それは難しいな。でも面白そうだ。


「やってみよう。じゃあ最初はクロミが指定してみて。」


初等学校の経験から魔力量が百、とか一万とかならだいたい分かるが半端な数字だと困るなぁ。


「じゃあこれね。」


あ、数字じゃないのね。クロミの手の平の上に作られた火球。そこに込められた魔力を感じ取って対応しろってことか。


無茶言うな!

そんなことできるか!

そりゃあだいたいの魔力量は分かるよ? 分かるけど! それにぴったり合わせるなんてできるかよ!

私だって魔力制御には自信があるけどさ。ダークエルフほどの繊細な制御ができるかってんだ。

でもやってみよう。


火球ひのたま


「これでどう?」


「うーん、多いーし。もう二割下げてよ。」


ちっ……


「これならどう?」


「下げすぎー。それじゃあ二割一分だよー。」


くっ、たった一分で下げ過ぎってそんな無茶な……


「こ、これならどうだ?」


「うーん、ウチより三厘多いけどー。まあいっか。じゃあニンちゃん行くよー。せーので撃ち合うからね! せーの!」


『火球』

『火球』


ちっ、私の火球があっさりとかき消された……分かってたさ……くそ。

普段私はごり押しばかりしてるからな……

同じ魔力量ではクロミやアレクには勝てないであろうことぐらい……


「あれー? ニンちゃんらしくなくなーい? フニャフニャな火球だったねー。」


くっ……


「じゃあ次いこうか。次はこのぐらいでどうだ?」


『火球』


さっきの千倍ほど魔力を込めてやった。私の魔力量からすれば全然大した量ではない。


「ちょっ、ちょっとニンちゃん……無理だって! 溜めすぎじゃない? 少しは抜いておかないと……」


誤解を招く言い方しやがって。


「じゃあこれなら?」


『火球』


ざっと百倍。誤差みたいなもんだけど。


「だから多過ぎるって! もーニンちゃんのバカ! それじゃあ稽古にならないし!」


うっ、それはそうだ……

だってちょっと悔しかったんだもん……


「じゃあクロミに合わせるわ。」


「それがいいしー! じゃあ今度はこれね!」


くっ、またいちだんと魔力を絞りやがって……


「これぐらい?」


「三割多いし!」


「こ、これなら?」


「二分ほど下げすぎ!」


くっそーー! 普段私が使ってるぐらいの魔法なら一割でも二割でもきっちり制御できるのに! そもそも桁が小さ過ぎるんだよぉー!

でもいい、これも稽古だ。やってやる!


「クロミ、これでいいのかしら?」


おっと、アレクの参戦だ。いかん、ますます負けられない……


「おっ、金ちゃんいいねー! ほとんどぴったりだよー! もう二厘ほど下げるといいかな。」


二厘って! 微妙すぎるだろ! アレクも対応できるんかーい! さすがだ……


「ニンちゃんは多いって! もう三分下げて!」


「こ、このぐらいか?」


「下げ過ぎ! 四厘上げて!」


くっ……なんて細かいんだ……

だが魔力制御は大事なことだ。疎かにできない……


「あ、そーだニンちゃん。あっちから魔物が来るよ。この魔力でやっちゃって。」


「分かった……」


ここの階はデュラハンだったな。あっちか……

たったこれしかない魔力でデュラハンを仕留めるには……いきなり頭部を狙うしかないじゃん。頭部は兜で固められてるから……


自動追尾と衝撃貫通を込めて……『風斬』


くっそ……少しは効いたみたいだが……

もう一回!


『風斬』


だめか! くっそ! 馬車ごと突っ込んできやがった!


『火球』


仕方ないから全部燃やしてやった。


「ニンちゃーん。惜しかったね。もう二回で終わってたのにー。奥様なら最初の一撃で決めてるしー?」


うるせぇな……母上と比べるんじゃない。


「魔物も現れたことだし戻ろうぜ。今日はゆっくり休むんだからさ。」


「うん! 帰って飲もうよ!」


「私はもう少しここで稽古していくわ。」


なんと! アレクったらストイックなんだから。でも……


「だめ! 今日はゆっくりする日だから。アレクも飲もうよ。ね?」


「そ、そうね。カースがそこまで言うんなら……」


こんな所でアレクを一人にできるわけがない。変異種とか現れたら嫌だしね。

よし、今度こそ休日モードだ。のんびりするぞ。

それにしても、やはりダークエルフの魔力制御の繊細さは別格なんだなぁ……負けていられないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る