1589話 三十一階の安全地帯
ふう。どうにか無事に安全地帯へ到着した。いやー疲れたわー。
「飯の前に風呂でいいだろ? まずは功労者のカムイを洗うからさ。」
「ガウガウ」
カムイにしては今回えらく催促されなかったんだよな。アーニャのために我慢してくれてたんだろ? ありがとな。
「えー! ウチも入るし!」
「入るのは構わんが別にクロミは洗ってやらんぞ。自分で洗えよ?」
「えー? ニンちゃん冷たーい。ウチだって活躍したし!」
「それもそうか。なら洗ってやる。ちなみにアレクはアーニャがいるから後にする?」
本当はアレクと一緒に入りたいのだが……
「ええ、悪いわね。そうするわ。」
やっぱりか……くっ、仕方ない。それもこれもアーニャを正気に戻すまでの辛抱だ。でももし、ここの神ができないって言ったら大暴れしてやろう。この迷宮ぶち壊してやる。
「お、俺も……」
「だめに決まってんだろ。」
「そ、そうだな……」
ドロガーは勘違いしているが、だめな理由はクロミが入るからではない。私が野郎の裸なんか見たくないからだ。
『闇雲』
安全地帯の奥の方に湯船を出し、カーテンのように闇雲の魔法で仕切る。まずはカムイを洗おう。手洗いでわしゃわしゃと。
「ニンちゃん次はウチも洗ってくれるんだよね?」
「いや、今からもう洗う。服脱いだらそこに座ってな。」
『水壁』
ただの椅子代わりだけど。
「もーニンちゃんたらせっかちなんだからぁ。」
何を勘違いしてるんだか。
「はーい脱いだよ。洗って洗ってー!」
『水操』
キアラが得意な水人形による三助だ。私はクロミの肌に触れる気はない。
「どうだ。上手いもんだろ?」
「え〜何これぇ? キモいし! あっ、でもこの石鹸て自然ないい香りすんね!」
「高いからな。」
そもそも石鹸そのものが高いんだよ。その中でも高級品使ってるからね。
よし。カムイはきれいになった。一緒に湯船に浸かろうぜ。
『
カムイをざっと流して、クロミもそろそろいいかな。流してやろう。
「ふいー、さっぱりしたよ。ニンちゃん洗うのうまいんだねー。」
「なかなかのもんだろ。」
「でもニンちゃんの手で洗って欲しかったし!」
「悪いな。それは無理だ。」
「ニンちゃんつまんなーい!」
それは契約魔法の範囲じゃないから可能は可能なんだけどね。私が嫌なだけだ。アレク以外の女体に好んで触れたいとは思わないからな。
「いいから入れよ。いい湯だぞ?」
あははん。
「うん。入るぅー!」
あーあ。そんな大股広げて湯船を跨ぐと。ふーん、やっぱ金色なんだな。
「もーニンちゃん見たねー? 責任とってよぉー?」
「さあな。何のことかよく分からん。それよりこの風呂どうよ? 何回入ってもいい湯だろ?」
「むー! でもそうねー。いいお湯だよねー!」
風呂に入る時は余計なことを考えてちゃだめだよな。心静かに湯に身を任せ、何も考えずリラックスしようじゃないか。
「なあ女神よぉ。魔王とクロミが同じ風呂に入って心配じゃねえのか?」
「カースがクロミと浮気するんじゃないかって? 全然心配してないわよ。」
「ほぉー。だがあいつだって若い男だぜ? 目の前にクロミみてぇなすこぶるつきの女が、しかも裸でよ? そりゃあ女神もかなりのいい女だがよ?」
「あら、ありがとう。クロミにしか興味がないのかと思ったわ。カースには何人か側室を勧めたことがあるわ。私より身分の高い女の子、私より大金持ちの女の子。でもカースは見向きもしなかったわ。」
「側室を、かよ……お前もたいがいぶっ飛んでんな。なんでわざわざそんなことをしてんだ?」
「カースが最高の男だからよ。最高の男の周りにはそれ相応の女がいてしかるべきよ。私一人でカースに釣り合うなんて自惚れてないつもりだし……」
「ふーん……さっぱり分からねぇ。ようは魔王にベタ惚れってこったな。お互いベタ惚れで結構なこって。それでもその女を治す気なんだよな?」
アレクサンドリーネの隣では、アーニャがコップを両手で抱えて喉を鳴らしながら水を飲んでいた。
「カースは優しいから……」
「あいつがそんな奴かよ。顔色ひとつ変えずに何人殺してんだか。ほんとお前らって分からねぇ奴らだぜ。」
「カースは身内にはとてつもなく優しいわ。だからドロガー、あなたも身内と思われてるわ。よかったわね。」
「へっ、俺ぁ別に、魔王のことなんか、へっ、へへ、身内か。」
妙に照れたドロガーの顔を見て、カース以外の男の照れ顔なんて見たくもないな……などと、アレクサンドリーネは考えていた。
「お先。次はアレクが入る?」
「ええ、そうしようかしら。ドロガーいい?」
「しゃあねーな。譲ってやんぜ。」
「行くわよアーニャ。」
カースに縋り付こうとしたアーニャだったが、どうやらアレクサンドリーネの言うことは逆らわないらしい。迷子の子供のような顔をしつつもアレクサンドリーネに追従していった。
こうしてカースたちは束の間の休息をとった。次に目覚めた時、再びシューホー大魔洞を進む活力を得るために。
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