1584話 ある朝の光景

……朝……かな?

このピラミッドシェルターの中って何も魔法を使ってないと真っ暗だからな。全然分からないや。まあ、外に出ても分からないけどさ。

むっ、この匂いは……『浄化』

追加で『洗濯』『乾燥』

最後に『光源』


アレクがいない。起きたのかな。それともトイレか。幸いアーニャが漏らしたのは小だけのようだ。それでも私の『快眠』が効いているようですやすやと寝ている。シェルターの中は快適な温度に保たれているから裸で寝ようと多少湿っていようと風邪をひくことなどないもんな。

さて、本来なら服を脱がせてきれいに洗うところだが……それをやるとアレクに叱られてしまいそうだ。


報告が先かな。すまんなアーニャ、もう少し寝ててくれ。




外に出てみると、みんなすでに起きていた。しかも朝食後のティータイムか。アレクったらサービスがいいんだから。


「カース! ごめんなさい! 私、私……」


私の姿を見るなりアレクが飛びついてきた。


「アレクおはよ。全然問題ないよ。いいんだよ。一人で戦ってるんじゃないんだからさ。」


だいたい過去の最深記録とはいえ、それを上回る階層なんだから一人で勝ちかけただけでも上出来だよな。

ぬふぅ。それにしてもアレクは朝からいい匂いがするなぁ……


誰かが言ってたよなぁ。未熟は恥じることではないって。でも俺たちの世界に未熟な者に次はない、とも。そもそも私が未熟なんだからアレクにあれこれ言う気はないんだよな。アレクの身を心配するならば心を鬼にして説教をするべきだろうが、何と言えばいい? あれは私が戦っていたとしても気付けなかっただろうさ。まあ、勝敗に影響はないけど……


「ごめんなさい……クロミが鮮やかに勝ってみせたものだから……つい私もカースに褒めてもらいたくて……」


「それなら仕方ないね。僕だってアレクに褒められたら嬉しいもん。お互い様だよ。でも残念ながらあれじゃあ褒められないね。次はうまくやってね。」


精一杯厳しくしてこの程度だ……


「次、また戦わせてくれる?」


「もちろんだよ。魔力吸引があると警戒していれば問題ないよね? 他にも色んな手を使うと思うし。」


「やる、私やるわ! カースの期待に応えてみせるから!」


「うん。それからアーニャなんだけど……」


説明した。


「分かったわ。手を出さないでくれてありがとう。それでいいの。でもそれは後ね。朝食を作ってあるの。待ってて。」


「うん、ありがとね。」




ぬおっ? こ、これは!


「なんだそりゃあ!? 魔王のだけ朝からえれぇ豪華じゃねぇか!」


「うわぁ金ちゃんすごーい! いつの間に?」


「さあ、カース食べて。」


「う、うん。ありがとね。いただきます。」


朝から多すぎる……でも、アレクが私のために作ってくれたのだ。全部食べるとも! あっ、美味しい!


私が食事を始めたのを見計らってアレクはシェルターへと移動した。すごいな……行動がとても上級貴族の令嬢じゃないぞ。凄腕メイドさんじゃないか。




一心不乱に食べ続けた私。すごくおいしかった。最高だ。二度寝しようかな……


「結局あれから赤兜は来なかったんだよな?」


「おお。俺もちったぁ警戒しながら寝てたんだけどよ。クロミの幻覚が優秀なんだろうぜ。朝までぐっすりだぜ。」


「見破られなかったのはウチのおかげだけど、誰にも触れられなかったのはただの幸運だし。そもそもニンちゃんが全滅させたから誰も通らなかったんじゃん?」


それは確かにそうかもね。あれだけの大量の水に飲まれてはまず生き残れまい。『水中気』を使える奴がいたとしても、ムラサキメタリックを纏っている間は一切の魔法が使えないんだからな。

あの瞬間、パッと見た感じムラサキメタリックに換装してる奴はだいたい半数だった。そいつらはまず助かってないだろう。残りの奴らは運が良ければ生き残ってるかもね。ああやって何もかも押し流してしまうと生死の確認ができないのがなぁ……


「まあこれから先も警戒しつつ行こうぜ。赤兜にも、罠にもな。」


「おお。奥に行きゃあ行くほど罠がえげつなくなんのが迷宮だもんな。魔物も強くなんしよぉ……ったく、踏破させる気ねぇんじゃねぇか?」


「うーん、神様って色々いるもんねー。性格のいい神様から悪い神様まで。ここの神様ってどうなんだろー?」


神が迷宮を作ったと考えるなら性格の良し悪しよりも、まずはこれだけのものを作り上げた職人魂を褒め称えたいな。どう考えても人間にはこんなの不可能だろ。




さて、アレクもアーニャの世話を終えてやってきた。と思ったら今度は朝食か。なんて献身的な……いや、正確に言えば厳しく監視か。手掴みをしようとしただけで軽い電撃が飛んでいる。




「さて、そろそろ出発しようか。ちなみに近くに赤兜らしき反応があるけど、進行方向とは反対だから無視して行く。」


もしあの赤兜どもが全員ムラサキメタリックの鎧を纏っていたら、魔力探査にも反応しないんだろうな。つくづく厄介な鎧だわ。


「ん? クロミ、その耳のままでいいんか? まあ別にいっか。それ、よく似合ってんしよ。」


「へへー。いいっしょ。金ちゃんに貰ったのー。やっぱ似合うし? 金ちゃんありがとねー!」


へー、あれはサファイアかな? えらく透明感のある青だな。アレクったらあれほどの宝石をプレゼントするとは太っ腹だね。


「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいわ。」


で、ドロガーが言いたかったのはクロミが変化へんげの魔法を使ってないことだ。まあここは迷宮だし、特に問題もないよな。


「それじゃ今日は俺とカムイが先頭行くわ。背後の警戒はドロガー頼むな。アレクとクロミはいつも通りで。」


「おうよ。まかせとけ。」


「分かったわ。」


「いいよー。気になることがあったらすぐ言うしー!」


よし、では今日も一日ご安全に行くぜ!

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