1582話 二十四階 安全地帯での出来事
意識のないアレクを風呂に入れてから、シェルターに寝かせた。
このまま私も横になりたいのだが、そうはいかない。
アーニャに浄化をかけ、食事をさせる。隙あらば手掴みで食べようとしやがるからな……アレクが見てないからって甘やかす気はないぞ。アレクがしていたように厳しく食べさせてやる。
それからトイレに行かせたら……『快眠』
アレクの隣に寝かせておこう。
ふう。やはり心が壊れた人間の世話って大変だな……カムイよりよっぽど獣だもんな……
「ガウガウ」
うるせぇな。分かってるって。お前はいい子だよ。全然獣なんかじゃないさ。野生の誇りを忘れてそうな気もするんだがな。
「さて、待たせたな。じゃあガンガン焼くから食べてくれ。」
たっぷりの肉、酒は適度に。
「そんじゃ聞かせてもらうぜ? まさかクロミがあのエルフだったとはよ?」
「エルフじゃないしー! ダークエルフだしー!」
やっぱそこはこだわるんだな。似たようなもんだろって言いたいが全然別物なんだろうな。
話すクロミに聞くドロガー。私は食事を終えたらフェイドアウトだ。少しはドロガーに気を利かせてやるかな。酒をちょいと多めに置いてから……
カムイを洗ってやり、アレクの隣で横になった。
アレクも大変だったよな。魔法が効かない魔物もいれば、魔力を吸収する魔物だっているもんな。やっぱそこら辺は慣れだよなぁ……
私だって吸われてみないと分かるわけないけどさ。そもそも吸われる前に気付いたクロミが見事なんだよな。やるよなぁ……寝よ……
「ギャワワッギャワッ」
うう……ん……どうしたんだいコーちゃん……警告を……
「ギャワッ」
赤兜と戦闘になってる? 分かった。すぐ行くよ。
くっそ……すっごくよく寝てたのに……
『換装』
それからシェルターの内部には『消音』をかけておこう。アレクを起こすわけにはいかないからな。外に出たらきっちりと閉めて……
『クロミ! ドロガー! 退け!』
拡声を使って大声で指示を出す。赤兜に聞かれようが知ったことか。
素早く撤退するドロガー、少し遅れて退くクロミ。その背後を守るようにカムイが続く。ひとっ飛びでカムイを追う赤兜どもの前に着陸する私。迫る赤兜に……『津波』
終わりだ。見たところ十人以上いたからな。いちいち相手なんかしてられるかってんだ。どこまでも流れていきやがれ。
いくら魔法が効かない鎧でもこれほどの大水だ。どうにもなるまい。さながら鉄砲水だ。通路を隙間なく覆い尽くして凶暴に流れていく。
後は『氷壁』で安全地帯を封鎖。水が引くまでは持つだろ。
「それで? なんでこうなったんだ?」
クロミやドロガーが自分からケンカを売るとは思えないがね。
「せっかくクロミといい雰囲気で飲んでたんだがよ? そこにあいつらが来やがってな。」
「別にいい雰囲気じゃないし! ウチに触ったら殺すって言ったら、ウチになら殺されてもいいとか言うし!」
おおー。ドロガーも口説きモードだったんだな。そこに赤兜か。そりゃあキレるな。
「そんな時なのにクロミはよ? あいつらに向かって一緒に飲もうよー、ときたもんだ。赤兜にだぜ?」
「だってー。せっかくのお酒だしー。ヨッちゃんがぐいぐい来るしー。」
あらら、ドロガーの春は遠いのかな。
「そんでまあ最初はちったぁなごやかに飲んでたんだがよ? だんだんあいつらも調子に乗りやがってな。クロミの耳に触ったんだわ。」
「変化を使ってなくってー。この耳ってやっぱ人間には珍しいのー? だからつい殺しちゃったー。てへっ。」
あー、まあ仕方ないか。クロミからすれば耳に止まった蚊を叩いた感覚なんだよな。勝手に女の体に触ったんだから殺されても仕方ないよな。
「で、そっからぁ戦闘開始だわ。ったくよぉ……いい感じだったのによぉ……くそ赤兜が……」
「でもあいつらまあまあ強かったね。紫の鎧だっけ? あれには参るよねー。」
さすがのクロミでもあれだけの数に囲まれたら負けるよな。コーちゃんが知らせてくれてよかったよ。
「幸いここはそこまで広かねぇからよ。相手にすんのもせいぜい一度に二人ってとこだ。でも魔王が来んのがもう二分遅けりゃあヤバかったぜ?」
「ほんとほんとー。ニンちゃんいい時に来てくれたよー。やっぱウチのこと心配してくれてんじゃーん?」
「コーちゃんが知らせてくれたからな。それにカムイがいたから助かったのを忘れるなよ?」
だよなーカムイ。
「ガウガウ」
「おうよ。この狼ぁやっぱすげぇぜ。」
「やっぱ精霊様の友達だけあるよねー。フェンリル狼ってすごーい!」
「それよりクロミさ。安全地帯の入り口を幻術で壁みたいに見せることはできるか?」
「うーん、できるよ? でもここのことを知ってるやつには効かないよ?」
「構わんさ。寝て起きるまで誰も来なけりゃそれでいいんだからさ。」
そもそも私はそこまで困らないんだよ。困るのはシェルターの外で寝てるクロミとドロガーなんだから。そりゃあ広さ的には全員で寝ることも可能だけどさ。とてもそんなむさ苦しいことなんかやってられないもんな。
「やったよー。よっぽど目に魔力を込めないと見破れないと思うよー?」
ほう。気になるな。ちょっと試してみるか。
大抵の安全地帯ってものは通路に対して丁字になっている。だから目の前を通れば必ず発見できるのだが……
『氷壁一部解除』
よし、水はもう引いてるな。行ってみるか……
マジかよ……
たった今私が歩いてきた道が……消えた。
壁にしか見えない。
『看破』
うわぁ……アレクの幻術を見破った時より数倍も魔力を使わされた。クロミのくせに生意気だなぁ……
「へへーん。どうどう? ウチの幻覚魔法ってなかなか効くっしょ?」
「ああ。驚いたよ。看破するのが大変だった。これなら赤兜にはそうそうバレないかもな。」
まあ、壁を触ればそこに何もないことがバレるんだけどね。
まあいいや。寝よ寝よ。ふぁーあ……
「なぁクロミよぉ。」
「なぁにヨッちゃん?」
「俺もああやって殺されてたのか? バラバラによ……」
「さあ? ヨッちゃんなら避けられるんじゃないの?」
『葉斬』
「うおおおぉぉい!」
「ほーら。やっぱ避けられるじゃん。ヨッちゃんは弱くないからヨッちゃんだね!」
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