1573話 地下二十二階
地下二十二階。別段変わった様子はない。ゆっくり歩いて三時間で安全地帯に到着した。罠も魔物も、まあ大したことはなかった。今夜はここで一泊かな。
「ドロガー、傷の具合はどうだ?」
「問題ねぇぜ。クロミの腕もよかったし魔王のポーションもいい品だったみてぇだな。これがローランドのポーションかよ。さすがだな。」
「市販の中では最高級だからな。傷の具合がいいんなら先に風呂入れ。こんな時は温まってゆっくり休むのが一番だからな。飯はそれからでいいだろ?」
「おお、悪ぃな。そんじゃお先だ。」
ドロガーはクロミにも来て欲しそうな顔をしているが、クロミは無視だ。風呂ぐらい一緒に入ってやってもいいだろうに。
「それじゃあ何か焼こうか。アレクもお腹すいたよね?」
「ええ。今日は何もしてないけど熟練の冒険者の戦いを見れたことだし、いい一日だったわね。」
「ねー! ウチも驚いたし。しっかり準備してた感が出てたし。やっぱ人間って弱いだけあってあれこれ工夫するんだねー!」
うーん、差別的な発言に聞こえるがクロミに悪気はないんだろうなぁ。思ったことを口に出してるだけなんだろうなぁ……
「クロミだったらドロガーにあの攻撃をされても勝てるか?」
「当ったり前だし。さすがに足を縛られた程度じゃ負けないし。その点デュラハンはだめだね。動きの幅が狭いよねー。」
まあクロミなら仮に先制を許して足をしっかり縛られたとしても空を飛べばいいだけだもんな。私も、アレクもか。
「後はそうね、デュラハンの剣がぬるりと滑ったわよね。あれってある種のスライムを利用した使い捨て魔道具かしら。剣にぬるぬるがこびり付いてたわね。」
「あのぬるぬるって見ててキモかったし。そうそう! 床にもべたべたくっ付いてたし! ヨッちゃんとは戦いたくないかなー。」
「やっぱ熟練の冒険者ってのはいくつも切り札を持ってるもんだよね。」
実は私もスパラッシュさんから貰った切り札があるんだが、出番がないんだよな。使われた方は地獄を見そうなやつ。ジュダかエチゴヤの会長に使ってやろうか……
ちなみにドロガーの魔法剣については誰も驚いていない。あんまり珍しくないからな。
「ガウガウ」
おっ、焼けた焼けた。ほれカムイ、好きに食べていいぞ。
そして朝。すっきりと目が覚めてシェルターの外に出てみると見知らぬ大きめのテントが一つ、立っていた。そしてその横には赤兜が一人。たぶん昨日の奴らだろう。おおかた交代で番をしてるってとこか。安全地帯だけど油断をしない。なかなかやるなぁ。しかも休憩中でも兜をとらないのかよ……
「ガウガウ」
カムイおはよ。あいつらはほんの二時間ぐらい前に到着した? 大人しく休んだから放置していたのね。うんうん。それでいいとも。カムイは気が利くね。
「よう。さっき着いたらしいな。俺らは朝飯食ったらすぐ出発するから気にするな。」
「なんだそれは……そして迷宮内でその服装は……」
「こいつは見ての通りテントさ。お前らのと少し大きさが違うぐらいか。服装と言われてもな。寝起きなんだからこんなもんさ。」
いつも通り。パンツ一丁にTシャツさ。
「あの男、傷裂ドロガーだな? あれほどの男が率いるパーティーにしては油断しすぎな気もするが……」
「うちにも色々事情があるってことさ。ところでこんな安全地帯でも魔物が現れたことはあるのか? 例えば変異種なんかがさ?」
どっちにしても警戒はしているんだがね。
「いや、知る限り前例はない……」
どうせドロガーに聞いても同じ答えが返ってくるんだろうけどさ。
「カゲキョーではブラッディオーガの変異種が現れたことだし、お前らも気をつけな。」
「あ、ああ……」
よし。では目覚めの運動といくかね。ラジオ体操……ではなくイグドラシルの棍『不動』を振ろう。
『闇雲』
『消音』
寝ている奴らがいるからな。私はマナーはきっちり守るのだ。
三十分ぐらい経ったかな。アレクがアーニャを伴って起きてきた。
『闇雲、消音解除』
「カースおはよう。早いわね。」
「カズマカズマカズマカズマぁー!」
「おはよ。なぜか爽やかに目が覚めてしまったんだよね。アーニャのトイレは大丈夫?」
「大丈夫よ。と言うよりカースは口を出さないで欲しいわ。私に全て任せてくれたらそれでいいの。ね?」
そうだった。奥向き? のことは全てアレクに任せるって約束だったな。楽園なんかでも台所に入るとあまりいい顔されないし。
「ごめんごめん。つい、ね。じゃあ僕は汗をかいたことだし風呂に入ってるね。」
「ええ。朝食ができたら呼ぶわね。ゆっくりしてて。」
「うん。ありがと。」
さてと、さっきの赤兜をさらに驚かせてやるかな。昨夜は湯船を収納してから寝たもんな。
ここら辺にしよう。マギトレントの湯船をどーん。
「お前らも入りたかったら入っていいぞ。時間は俺らが朝食を食べ終わるまでな。」
「なっ……こ、これは……風呂……だと!?」
「おう。迷宮の疲れを癒すには湯に浸かるのが一番さ。はぁー気持ちいい。」
「くっ……いいな……だが私は誇り高き赤兜騎士団……このような場所で任務を放棄など……」
何かぶつぶつ言ってるけど全然聞こえない。悩むぐらいなら入ればいいのに。どんだけ強力な洗脳魔法くらってんだか。
「是非もなし……いざ……」
おっ、立ち上がりやがった。そして赤い鎧を収納……なんだこいつ、女だったのか。兜ごしに喋られると声がくぐもって聞き取りにくいんだよな。
「痴れ者め! あちらを向かんか!」
「バカ言うな。これは俺の風呂だぞ? 文句があるなら入るなよ。」
つーか味方じゃないのに背中を向けられるわけないだろ。
「くっ……その通りだ……入らせていただく……」
いらっしゃーい。はい『解呪』
「あっくぉ……ううっ……」
大成功。やっぱ風呂で釣るのって効果的だわ。鎧がないから魔力でごり押ししなくても魔法が効く効く。
「ふぅ。なんだかすっきりした気分だ……そうか、風呂のせいか………………はぁ!?」
「ん? どうした?」
「なっ、なぜ私は冒険者などと! しかも迷宮内で風呂など!? こ、これは一体……」
私のことを冒険者と認識してるってことは、洗脳されてる間の記憶がないわけじゃないんだな。むしろ自分の行動に整合性がなくて理解不能って感じ?
「いきなりどうした? せっかく風呂に入ったんだからのんびりしろよ。どうせここは安全地帯なんだからさ。」
「そ、そうだな……」
お前にはこのまま風呂に入っててもらって、他の赤兜を釣る餌になってもらうんだからよ。せいぜいのんびり浸かってくれよな。
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