1567話 冒険者たちの夜

「よぉ、魔王よぉ。」


「なんだよ。」


アレクがさっさとアーニャを連れて風呂に入ったものだから、私はドロガーと裸の付き合いをするはめになっている。アレクは責任感が強いから……


「俺たちぁ迷宮の攻略してんだよなぁ……?」


「当たり前だろ。」


「こんなに快適で……いいのか?」


「いいんじゃない?」


アレクがいないから快適とは言いがたい。ちなみにアレクはさっきアーニャを連れてシェルターに入った……


「この湯船も気になんけどよぉ、ありゃあ何だよ……」


「テントの一種だな。」


ブルーブラッドオーガの猛攻に二十四時間は耐えられる四角錐型コテージ、別名ピラミッドシェルターだな。


「あんなテントがあるかよ……お前の魔力庫ぁどうなってやがる……」


「大きいぞ。」


魔力庫の大きさや性能は魔力量に比例する。当たり前だな。これでもまだ性能を重視しているため五十メイル四方の立方体サイズで収まってるんだぜ? 腐らない錆びない劣化しない、三ない魔力庫だぜ。


「普通はよぉ……近接攻撃、遠隔攻撃、または魔法攻撃、肉弾攻撃ってとこか。それから防御、回復、収納。あとは索敵、地図番やその他とパーティー内であれこれ役目が分かれてるもんだぜ? それをお前、いやお前らときたら……」


「役割分担は冒険者パーティーとしてはあるべき姿だな。」


その辺りは常識だよな。オディ兄の昔のパーティー『リトルウイング』でも攻撃役の二人と収納役に一人、解体に一人だったか。解体と収納って一人でよくない? と思わないでもないけどね。でもまあ冒険者にとって大きな魔力庫は重要だよな。


「ローランド王国か……冒険者のレベルがたけぇよな……ここを踏破したら俺も行ってみたくなったぜ。キサダーニのバカなんかを誘ってよ……」


「そういやさっきのパーティーの話、あれはお前のことだろ? てことはそこにキサダーニも居たってことか?」


話が長くなりそうだから聞かないつもりだったが、乱魔キサダーニの名前が出たからつい訊ねてしまったじゃないか。


「さすがにバレバレかよ。あれ以来俺もキサダーニもずっとソロでやってんのさ……もう十年以上は昔の話だぜ……」




なんだよ! てっきりここから長々と話すのかと思えば、ドロガーめ黙り込んじゃったよ。紛らわしい。ならもう上がろう。


「そんじゃお先。お前も早く寝ろよ。」


「おう……」


『乾燥』

『風操』


乾燥の魔法で一気に乾かすのではなく冷風で涼みつつ、ゆっくり乾かす。湯上がりはぽかぽかだからな。こうしてのんびり涼むのも粋なものさ。誰も見てない迷宮の中で私は一人裸のまま。気分がいいねぇ。もちろん足の裏が汚れないように地面からは数センチだけ浮いてる。もっとも、迷宮の床って何も起こってなければ埃ひとつ落ちてないんだよな。神はきれい好きか。


「ニーンちゃん! 何やってんのー?」


おっと、こいつのことを忘れてた。


「へー、ニンちゃん意外にいい体してんだねー。」


目線が上から下までじろじろ見てんな。少しは遠慮しろよ。私もわざわざ隠さないけどさ。


「これでも無尽流の剣士だからな。」


最近全然剣を振ってない……素振りも棍の方ばっかりじゃん……

この場合は無尽流の棍士? 棍使い? 何と名乗ればいいんだ……そもそも私の棍は無尽流じゃねーし。フェルナンド先生やアッカーマン先生に棍も習っておけばよかったか……

はぁ……アッカーマン先生か……


「じゃあさニンちゃん散歩行こ! お風呂上がりの夕涼みってことで!」


「まあいいよ。魔物が現れたらクロミがやれよ?」


「モチのローン! まっかせてよー!」


モチのロン……ギャルっぽくないな。いや、クロミがどんな言葉遣いしようが本人の勝手だけどさ。もう少し裸でいたかったけどな。パンツぐらい穿いておくか。


「えー? もぉー? もう少しニンちゃんの裸見てたかったのにぃー!」


「いいから行くぞ。少しだけだからな。」


まったく……この階の魔物は大したことないやつだからいいけどさ。迷宮内をパンツ一丁で歩くって正気じゃないな。


「あっ、いたー。」


一閃いっせん


おっ、珍しいな。私の風斬みたいだな。真っ黄色なオークの首を一撃で落とすとは。さすがに葉斬は無駄遣いが過ぎるんだろうな。


「どうどう? あんまし魔力込めてないのにそこそこ威力あったくなーい?」


「ああ、いい魔力制御だ。」


つーか私より上か? 同じ魔力あたりなら……

やっぱダークエルフってのは魔法の扱いに長けた種族ってことか。


「へへー! 奥様に習ったんだよー! 撃ち出す瞬間にだけ魔力を込めなさいって。少なければ少ないほどいいんだけどー、でも勢いだけは落としちゃだめなんだってー!」


私はそんなこと習ってないぞ……いや、まあそれぐらいのことは習わなくても分かるし、実践してるけどさ。でもなぁ……

おかしいな。私は精密制御は得意なはずなのに。ミリ単位の金属加工だってできるのに。まだ桁が違うのかな……それこそ原子のレベル、ローランド王国で言う元粒体に至るレベルでの精密さが必要なのか……

母上は元粒体のことなど知らないはずなのに。つまり、経験則でやってるとか? だから母上も詳しく教えられない? そういえば前もこんなこと考えてたな。

うーん、やめやめ。難しいことを考えるのは旅が終わってからでいいや。そうすればのんびり精密制御に磨きをかける時間もできるさ。あれは歳をとってからやっても遅くないんだから。


「よし、帰るぞ。」


「えぇー! もぉー!? ちょっとそこらの物陰に行こうよぉ〜!」


「帰るぞ。俺は眠いんだから。」


「もぉー! ニンちゃんの甲斐性なしぃ〜!」


ちなみにクロミが仕留めた魔物が落としたのは普通の肉塊。三十センチ四方の立方体ってとこかな。全てクロミが収納した。何でもクロミの魔力庫は熟成に向いているらしい。私たちって普段は新鮮なまま焼いてるからなぁ。やっぱ魔物とはいえ肉は肉だから熟成させた方が旨いのかなぁ。まあいいや。明日からもがんばろう。

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