1561話 炎の鉄板バーニング(三度目)

アーニャが腰にしがみついているので少しばかり歩きにくいが、どうにか蔓喰つるばみの事務所に到着。こいつらってエチゴヤみたいに場所を秘密にしてないんだね。治安の悪そうな場所なのに大きい事務所を構えやがって。ヨーコちゃんもここに住んでるのか? 教育によくないよな。


へー、正面の扉は頑丈そうな木でできてるな。重っ……建て付け悪いんじゃない? でもぎいぎいと変な音はしないな。


「あー? だれー?」


やる気なさそうな奴だな。闇ギルドってのはこんな奴でも務まるのか?


「カシラはいるか?」


「どちらさん……ひ、ひいっ! 魔王さんで! しょ、少々お待ちを! 若者頭カシラ! カシラぁぁーーー!」


おー、さすがに私の顔は覚えてたのか。意外だなぁ。


奥の方からどすどすと足音を立てて大男がやってきた。カシラか。


「魔王さん! ようこそお越しくださんした!」


「おおカシラ。アラキ島の奪還は無事に終わったよ。そんでカドーデラから手紙を持ってきた。まずは読んでみるといい。」


「なんと! もうですかい! さすがぁ魔王さん! ありがたく読ませてもらいますぜ!」


ちらっと見たが、カドーデラって字が汚いなぁ……これ読めるのか? ビレイドに書かせればよかったろうに。


「ちなみにカドーデラの野郎ぁ今アラキタにいるんで?」


「ああ。元エチゴヤのピエルって奴と一緒にいるはずだ。少しアラキタが不穏だったもんでな。」


「なるほどぉ……」


それだけ喋るとカシラの奴は再び手紙に目を落とした。まあ後は私の関知するところではない。さっさと迷宮に……いや、その前に昼飯だな。どこで食べようかなー。

宿に戻ってもいいが……あっ! 忘れてた。宿を引き払わないといけないな。うっかりうっかり。料金の清算もしておかないとな。


あっ、そうだ。それなら名案があるぞ。


「カシラ、アラキ島を奪還してやったんだ。ただとは言わんよな?」


「もちろんで! 言ってくだせぇ! 対価に何をお望みで!」


「俺たちは沈まぬ夕日亭に泊まってるんだが、今日付けで引き払いの連絡を頼む。ついでに料金をきっちり払っておいてくれ。それだけでいい。」


「へい! かしこまりました! お安い御用でさぁ! 魔王さんにゃあ豊穣祭でも稼がせていただきましたからねぇ。足ぃ向けて寝れませんや。本当にありがとうございます!」


私たちが泊まったのは一泊二百五十万ナラーの離れ『海燕』

数えてはいないが三週間は泊まったよな。単純計算で五千万ナラーぐらいか。それ以外に時間外の料理や酒も結構頼んだしな。まあ一億までいくことはないかな。そもそも私の自腹でドロガーに一億ナラーくれてやったんだし。これぐらい払わせても全然おかしくないね。むしろ途中で料金を請求してこない宿の方がおかしい。それとも高級宿ってのはこんなもんなんだろうか。逃げられたり死なれたら大損だろうに。


「じゃあ元気でな。ヨーコちゃんによろしく。」


「へい! おいお前ら! 魔王さん方のお帰りだぁ! 並べぇ!」


カシラの一言でさっきまで数人しかいなかったはずの事務所に人が溢れた。どこから出てきたんだよ……

入口から外の両脇にずらりと。暑苦しい奴らだなぁ。もう冬なのに。

全員が全員とも両足を広めに開き、膝を曲げ肩を張る。両手をそれぞれ膝の上に置きつつ頭を下げている。うーん暑苦しい。


『ありがとうござんした!』


背後から暑苦しい大声が聞こえた。悪い気分ではないけどね。まったく……こいつらだってエチゴヤにタメはる程度には悪党だろうに。私ときたら……すっかりこいつらが気に入ってしまったよ。いやー私って甘いねぇ。




さて、昼はどこで食べるか……


「ガウガウ」


あーそうそう。忘れてた。そこにしよう。


「アレク、いい店を知ってるんだよ。昼はそこにしようよ。」


「あら、カースにしては珍しいわね。ぜひ行きたいわ。」


「カズマカズマカズマ!」


お、さっきまで私の腰にしがみついたまま静かにしていたアーニャが急に口を開いた。腹がへったとでも言いたいのだろうか。どちらにしても行き先は変わらない。行くぜ、炎の鉄板バーニングへ。


「ピュイピュイ」


コーちゃんも初めてだっけ? 期待してていいよ。




おっ、ここだここだ。今から昼時だからなぁ。混んでないといいが。


「へいらっしゃい! おお! また来てくださいやしたね! ささどうぞお好きな席へ!」


意外と空いてるな。他の客は五人ぐらいか。


「魔王か……」

「魔王だな……」

「ちっ、魔王かよ……」

「ふん……」

「…………」


五人が五人とも私を睨みつけてくる。誰だよお前ら……


「例のステーキをまずは五人前。たぶんどんどん追加を頼むと思うから。」


「へいがってんでぇ!」


「ゴクッ……ワイバーン……」

「ワイバーンだと?」

「ワイバーン!?」

「ほぅ……」

「…………」


ん? あいつらよく見たら……


「お前らって一級闘士だよな? 確か名前は……」


私と素手部門で対戦した奴だっているじゃん。やたら蹴りが早かったやつ。苦戦したんだよなぁ。なのに名前が思い出せない。


光蜂みつばちヤリスだ……この前ここで会っただろうが……」


あー! バカな三人組が絡んできた時だ。その流れでここの店主が元一級闘士の焦熱レッカとかって判明したんだよな。


殴脚おうきゃくソネラプラの名を覚えてないのかい?」


O脚? 変な二つ名だなぁ。顔は覚えてるんだよ。対戦したんだから。嫌な蹴り技使いだったなぁ。


瞬撃しゅんげきガオルン……あんま闇ギルドなんざと仲良しこよしやってんじゃねぇぞ……」


おっ、こいつはゴッゾに負けた奴か。あんな殴るしか能がない奴に負けるんじゃねーよ。


「ふっ……」

「…………」


他の二人は喋らないんかい! 聞いてもないのに自己紹介が始まったかと思ったら。まあいいや。どうせ一級闘士とかって言うんだろ。


「ついでだ。お前らまだ食えるんなら一緒にワイバーン肉食べるか?」


「いっ、いいんかよ……」

「ほう。興味深いね。いただこうか」

「食ってやらぁ……」

「うむ……」

「…………」


よく分からん奴もいるが、まあいい。どうせ今日でテンモカともお別れだからな。


「じゃあこいつらにも焼いてやって。」


「へいがってんでぇ!」


豊穣祭の五日目ではめちゃくちゃにやってしまったことだしね。こいつらには少しぐらい優しくしてやっても構わんだろう。敵を作るだけが人生じゃないからね。


この後極上ワイバーンステーキを堪能した。アレクもアーニャも喜んで食べてくれた。

なお、アーニャには私が食べさせてやった。カズマカズマとしか口に出さないが満足したようだ。

テンモカ最後の食事。この店で正解だったようだ。

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