1555話 傷心ドロガー

この女はドロガーと一緒にいた奴か。名前は覚えてないが風呂でも一緒だったな。


「私はまだこの人と一緒にいたいの! あんたは三日後!」


あらら? ここでは娼婦が客を選ぶのか? いい街だねぇ。


「そ、そんなテンフリー! どうして俺とは週に一回しか会ってくれないんだ! そんなよそ者とは連日……」


おお、そんなにドロガーが気に入ったのか?


「だってこの人さらっとしてて早いから気楽でいいのよ。あんたが来ると良すぎて体がおかしくなるの。だから週一回!」


「そ、そんな……テンフリー……」


「おい魔王……いつヒイズルに帰るんだ……今から帰ろうぜ……」


あらら、ドロガーがすっかり肩を落としてやがる。個人情報を暴露されまくりだね。だめだな。娼婦が客の個人情報を漏らしちゃ。


「えー! やだやだぁ! ドロガーさんまだ帰らないでよぉー!」


「テンフリー! そんなにそいつのことが!」


付き合ってられないな。


「ドロガー、俺は寝る。邪魔すんなよ。ヒイズルには明日帰るってことでいいだろ。」


「あ、ああ……」


うわぁ……相当落ち込んでる……強く生きろ。




さーて、風呂風呂。そしてもう寝よう。まだ昼前だけど。ちょっと疲れが溜まってるんだよな。アレクには悪いけど。


「ねーニンちゃん……このすごい建物がニンちゃんの家なの?」


到着してから一言も喋らないからどうしたのかと思えば、驚いてたのね。確かにエルフやダークエルフの村ではまず見かけないサイズだもんね。


「ああ、クロミも疲れたろ。適当に空いてる部屋で寝ていいぞ。」


「いや……全然疲れてないし……」


ちなみにすでに変化へんげの魔法は使っているようで肌や髪の色こそ変わってないが、耳は人間と同じになっている。


「じゃあクロミは私とお喋りしましょ。アーニャのこともあるし。」


「それもいいね。じゃあ悪いけど先に寝てるね。」


アレクにしては珍しいけど、私を休ませてくれようとしてるんだろうね。じゃあコーちゃんはアレクを頼むね。


「ピュイピュイ」


私は風呂に行こう。少し寂しい気もするが、一人もわりと悪くないよな。




あら、何人か先客がいるな。ここの利用客か。男女ペアが二組。


「ん? 一人?」

「若けぇな。客?」


「あっ! 魔王様!」

「ホントだ! 魔王様!」


冒険者は私だと気付かず、女は二人とも私を知っていたようだ。裸なのに気付いたってことはちゃんと私の顔を覚えてたんだろうな。


「はぁ!? ま、魔王!?」

「こ、ここの主の!?」


「ああ、だけど気にするな。ここの客ならこの風呂に入るのは自由なんだからさ。たまには裸の付き合いも悪くないだろ。」


客とオーナーが同じ湯につかる。経営者たるもの顧客目線が大事だよな。まあ私はオーナーであって経営者ではないけどさ。


「あ、ああ……ここには本当に助けられている……」

「お、おお……まさかヘルデザ砂漠を越えた先にこんな天国があるなんてな……」


「いいところだろ。ノワールフォレストから瀕死でも逃げ込めばどうにか助かるだろうしな。」


「まったくだな……頼もしい城壁だ……」

「あれを越えるには苦労させられるが、その分魔物も来ないと思えば……な」


「いつだったか全方位をグリーディアントに囲まれたこともあったが、びくともしなかったしな。」


我ながら頑丈に作れたもんだよな。がんばった。


「グリーディアントだと……?」

「いつの話なんだ……?」


「三、四年前かな。まだここに娼館がなかった頃だ。バカな冒険者がグリーディアントの獲物を持ったままここに逃げ込んで来やがってな。危うく城壁を越えられるところだったぞ。堀もアリで埋め尽くされてたし。」


あれ? あの時ってすでに堀あったっけ? まあいいや。


「クタナツにグリーディアントが攻めてきた時も焦ったものだが、このような場所で四面を囲まれるとはな……」

「まったくだ。逃げ場がないじゃないか……よく無事だっだものだ。さすがは魔王だ……」


おっ? こいつらクタナツにグリーディアントが攻めてきた時いたってのか? 懐かしいなぁ。あの時は私と母上で全滅させたんだよな。あの時からアステロイドさんたら母上の信者になっちゃってさ。クタナツのエースのくせに。


「へー、あの時いたんだ。クタナツもここも危ないのは危ないよな。お互い気をつけような。」


「まったくだ。さて、先に出るとしよう。お楽しみはこれからだからな。では魔王、世話になる」

「お先に。楽しませてもらう」


二人にはそれぞれ女が寄り添っている。今からハッスルするのか。昼前からまったく。


「ああ、楽しんでくれ。」


「魔王様、お先に失礼します!」

「魔王様、いつでもお相手を……お申し付けください!」


湯船から出た女は体を隠しもせず深々と頭を下げた。そこまでしなくでいいのに。


「お仕事がんばれよ。困ったことがあったらちゃんとリリスに言うんだぞ。」


「はい! ありがとうございます!」

「ありがとうございます……」


従業員が生き生きと働いているね。やはりここはいい職場なんだろうな。横車を押す貴族もいないし、金にものを言わせる変態商人もいないだろうからね。リリスはよくやってるんだな。偉い。


私も上がるかな。いい感じに眠くなってきたし。明日はどうしようかな。やっぱヒイズルに戻るか……

ここって居心地がいいからその気になったらいつまでも滞在してしまうんだよな。まだ旅の途中だってのに。自分が作った街だけに居心地がいいのも当然なのかも知れないけどさ。


やっぱ明日出発だな。ここは居心地が良すぎる。旅の最中に寄るもんじゃないな。


寝よう……

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