1515話 嘘つきケンザのルーレット

これから何曲もアレクとキヨバルが踊る様を見なければならないのかと思いきや……


曲が終わっても次の曲が始まらない。どうしたことだ?


『お前たち! 余興の時間だ!』


ああ。余興ね。そりゃあずっと踊りっぱなしじゃあないよな。それにしても領主自ら司会をするのか。サービス精神旺盛だな。


『さあ! 余興に参加したい者はステージに上がれ! 先着六名だ! もちろん賞品もあるぞ!』


どんな余興なんだろうな。農作物はどっさり持ってるし、特に欲しいものもなさそうだが。ここは見る側だな……と思ったらアレクがステージに登ってるぅぅーー! 何をするかも分からないのにぃぃーー!


ああ……たちまちステージには六人の若者が揃ってしまった。アレク以外は全員男……どいつもこいつもアレクの色香に惑わされやがったな?


「やあ魔王君。調子悪そうだね。」


ちっ、キヨバルめ。


「うるせぇよ。ちょっと体のあちこちが痛くて疲労が溜まりまくってるだけだよ。どうよ、アレクと踊ってみて。いい匂いがしただろ?」


「匂い……についてはともかくだが、彼女の手の瑞々しさと柔らかさは……しばらく忘れられないだろうな。ローランド仕込みの足捌き、そして爪先から指先まで。全て含めて芸術だね。それも一級品の。」


なんだこいつ? 鼻が詰まってやがるのか? あのアレクの甘い香りを間近で嗅いでどうとも思ってないってのか? まあいいや。


「それより今からどんな余興をするんだ?」


「うーん、たぶん『嘘つきケンザ』じゃないかな。」


「何だそれ?」


固有名詞を言われても分からんっての。説明しろよ。


「今からおにぎりが六つ配られるんだよ。そのうち一つは中身がワサビの塊なんだよね。それを全員が一口で食べて誰がワサビにぎりを食べたか当てるのさ。僕たちも当てたら賞品が出るよ。」


なんとまぁ……とても貴族らしからぬ余興じゃないか……

でもワサビを大量に使う贅沢さは貴族らしい。なかなか面白そうだ。


『よぉし! 目の前に並んだ六つのおにぎりのうち! 一つだけ具がワサビ玉となっている! これを今から一人一つずつ食べてもらうわけだが、選ぶ順番はステージに登ってきた順だ! よって女神よ、お前から選ぶがいい!』


領主はノリノリで司会してんな。


「こちらをいただきます。」


なるほど、選んだ皿を手元に引き寄せて全員が選ぶまで待つのね。




全員が選び終わった。


『よし! それではステージに並んでもらおうか! それから食べるのだ! そして観客よ! お前達はワサビむすびを食べたと思う参加者の前に集まれ! 見事当てた物には賞品を出すぞ! また! ワサビむすびを食べておきながら見事それを悟らせなかった参加者にも賞品がある! 演技力と観察力の戦いだ! それでは参加者たちよ! 一口で食べるのだぁぁーー!』


マジで領主ノリノリじゃん。ごっつい大男のくせに。それは関係ないか。


アレクは観客に背を向けて食べている。きっと小さな口をめいいっぱい開けてるんだろうな。一口で食べるルールだもんな。


さてさて……見た感じ顔色が変わった者はいないな。大量のワサビによる涙は堪えきれるものではなさそうだが……


『さあ観客よ! 並べ! ワサビむすびを食べたと思う者の前にな!』


子供たちや若者は積極的に並び、ある程度の年齢層はのんびりと見極めている。私はどうしようかな。椅子ごと浮身で移動してもいいのだが、なんか変だからやめとこう。参加しなくてもいいや。


うーん、どうみてもアレクの前に並んでる人数が多い。お前らアレクに近寄りたいだけだろ! それとも、アレクの顔色が少々紅潮してるから本当にそう思ったのか? 怪しいなぁ……


『さあ次に参加者だ! お前達はどう思う? 誰がワサビむすびを食べたか当ててみよ! さあ指を差せ!』


当然のようにアレク以外の男どもが一斉にアレクを指差す。だからお前らアレクに絡みたいだけだろ! 本当にアレクが食べたと思ってんだろうな!? ちなみにアレクはステージの一番右端に位置する男を指差している。


『よぉーし! 出揃ったな! では正解発表だ! 儂も知らんからな! よし、ワサビむすびを食べた者よ! 手を挙げよ!』


手を挙げたのは、アレクが指差した右端の男だった。さすがアレク。結構離れてるのに、なぜあいつだと分かったんだろう。全然顔色変わってないし。大した男だな。


『ほう! お前か! スギモン男爵家のクマトよ! よくぞ平静を装った! 客席を見よ! お前の演技を見破れなかった者がほとんどだ! 後ほど賞品を取らす! さあ、もうステージを降りてよいぞ! 一刻も早く水が飲みたかろう!』


その男は領主の声がかかるや否や走ってステージを降り、手近なコップから何かを飲んでいる。あれが激辛スープだったら笑えるのに。


『そして! 呼吸を止めるなどして顔色を操作し! 見事これほどの人数を騙した氷の女神よ! 天晴れだ! お前には賞品としてアマギン村産の最高級七年物ワサビを進呈しよう! 見事な演技力! そして素晴らしい洞察力であった! これでは魔王は浮気もできんな! はぁーっはっはっはぁー!』


バカか! 私が浮気なんぞするわけないだろ! 必要もないってんだ!

最高のものを手に入れたらある意味終わってる、それに囲まれて余生を過ごすだけだから……なんて意見もあるが私はそうは思わない。最高のものがあれば他のものが全く必要なくなる。私のドラゴン装備も然り、イグドラシル武器も然り、だ。

アレクもそうだ。最高の女性に心奪われているのだからどうして浮気なんぞしたくなるものか。

毎日満漢全席食ってりゃ時にはお茶漬けも食いたくなるって言うが、アレクは違う。

時には満漢全席、時には刺身、ある時は味噌汁。様々な魅力を併せ持つ最高の女性なのさ。時にはツンデレ、時には女王、そして夜は娼婦ってか?


『よぉーし! 次の余興行くぞぉぉーー!』


ほほう。他にもあるのか。領主マジで楽しそうだな。




「はいカース、これを収納しておいてくれる?」


ほほう。これが最高級ワサビか。私の魔力庫の方が保存に向いてるもんな。


「いいよ。見事だったね。よく分かったね。あいつが食べたって。」


「うふふ、ずるしちゃった。食べる前にこっそり計量の魔法を使ったの。ほら、私が一番先に選んだじゃない? そしたら六つのおにぎりの中で一つだけ他より軽いのがあったのよ。それを誰が食べるか見てただけよ。」


おおー、やるねぇ。トン単位からグラム単位まで計れるとは素晴らしく繊細な制御ができるんだな。さすがはアレク。


「それでもすごいよ。お見事だったね!」


「うふふ、じゃあ次の余興にも参加してくるわね。」


また行ってしまうんかーい!

せっかく戻ってきてくれたのに……アレクのバカ……

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