1514話 アレクサンドリーネのお仕置き

それから私たちは会場の片隅のテーブルで食事をとった。私やアレクに話しかけたそうな視線を横目に感じつつも。そんなことより食事が優先だからな。腹がへっては回復するものもしないってもんだ。




ほふぅ、旨かった。だいたい腹六分ってところか。この後は踊りたいことだし、あまり満腹にするわけにもいかんな。ただでさえ疲れてるんだし眠くなってしまいそうだし。


「よしアレク、踊ろうよ。」


「ええ。こんなパーティーでカースと踊るなんて久しぶりね。私のステップは大丈夫かしら?」


「アレクなら大丈夫に決まってるよ。リードしてね。」


私はダンスが下手だからな。


「カースったら。さあ、手を握って。」


アレクが差し出した手のひらに私の手を乗せる。ダンスタイムの始まりだ。




「ね、ねえカース……」


「分かるよ。僕もそう思う……」


アレクが何を言いたいのか。よく分かる。

とても踊りにくいのだ……


普段私達がよく踊るのはワルツ系、つまり三拍子なのだが……今流れているのは何と言えばいいのか、民謡調なのだ。ゆえに拍子が非常に掴み辛い。有拍とか無拍って言うんだっけ? 難しすぎる……

しかも伴奏が何なんだ? 尺八っぽい音やシンセっぽい音まで混ざってやがる……

ただ聴くだけなら心地良さそうだが、踊るには難しいではないか……こうなったら…….


「よし、じゃあさアレク。普段通りのダンスは忘れようよ。周りのみんなみたいに音楽に合わせてゆらゆら揺れてみようよ。」


「そうね。いつものワルツだけが音楽じゃないものね。こ、こうかしら……?」


うーん、それでも難しい。どうしてもリズムをとろうとしてしまうんだよな。他の奴らってこの曲でよく踊れてるよな。拍がない感じなのに曲と一体となっているかのようだ。


「もっとだね。もっと音を無視しよう。波に揺られているかのように。」


漁民でない私達に波に揺られる感覚なんて分からないけどさ。それでもローランド王国内では私達の水泳経験はトップクラスのはずだ。漁師を入れてもだ。例外はタティーシャ村のツウォーさんかオディ兄とマリー夫妻、それからキアラぐらいだろう。


おっ、これは中々いい感じではないか? リズムに乗れてる感じはしないが、音と戯れてる心持ちだ。砂浜ゆらゆら。


「なんとなく分かってきたわ。音を捉えるのではなく音に身を任せればいいのね。」


そ、そうなのか……?


「そうだね。その通りだね。」


ここは分かったフリをしておくぜ。あ、アレクのダンスが少し上品になったぞ。指先がぴんと伸びて、手を優雅に振り回している。それなのに足運びはゆっくりだ。まるで海藻のようにその場で波に揺られているかのようだ。うわぁ……きれい……




はっ!? いつの間にか曲が終わってる。いかんいかん。アレクに見惚れて踊るのを忘れてた。さて、次の曲は……

おっ、軽快で楽しげだなぁ。少し早いし拍子もとりやすい。


「うふふ、楽しいわねカース!」


「そうだね!」


アレクの動きが急に激しくなった。テンポを倍でとっているかのように。楽しい曲調とは裏腹に鋭くも上品な動きだ。うわぁ……めちゃくちゃカッコいい……よし、私も真似するぞ!


ぐっ、無理だ……いくら痛みを消していても体が動かないことに変わりはなかった……素直にそのままのテンポで踊ろう……


あっ、いかん! アレクに気を遣わせてしまったぁぁーー! 今のハッとした顔は『カースが踊れないのに自分だけ楽しんでしまった』って顔だぁー! くっ、せっかくアレクに楽しんでもらいたかったのに! くうっ、こうなったら……『身体きょ「だめよカース。」


あらら……


「もう、カースったらすぐ無茶するんだから。だめよ無理しちゃ。」


「そ、そうだね。あはは……」


「私も悪かったわ。カースと一緒に踊れるのが楽しくて、ついはしゃいでしまったもの。カースの気も知らないでごめんなさいね?」


「いやいや、僕が悪いんだよ。アレクが気にすることじゃないさ。」


「そうね。無理しないでって言ったのに無理しようとしたカースが悪いわね。だからお仕置きよ。あそこの椅子に今すぐ座って?」


へっ?


「い、椅子に?」


「そうよ。ほら早く。いや、ゆっくりね。」


「う、うん……」


何だ何だ? アレクは何を考えてるんだ?


「ラストダンスはカースと踊りたいの。だからそれまでここで休んでて?」


「そ、そんなっ!」


「だーめ。だってこれはお仕置きだもの。コーちゃん、カースが立たないように見張っててくれる?」


「ピュイピュイ」


あ、そんな、コーちゃんまで!


「分かった? もし立ったら……」


「立ったら?」


「知ーらない。」


「あ、そんな! アレク……」


ああ……行ってしまった……アレクぅ……


ん? さっそくアレクに近寄る男たちが……あっ! あいつキヨバルじゃん! あの野郎まだテンモカにいたのかよ。いつになったらカゲキョーに行くんだよ……

ふっ、いくら誘ってもアレクが主催者でもないお前なんかと踊るはずが……踊るんかーい!


ぬがぁぁーー! アレクめ! 一瞬だけ私をチラリと見て、すぐに視線をキヨバルに戻したぁぁーー! これか! これが真のお仕置きかぁぁーー! ぐぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅーー!

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