1501話 新たなる決意

結局カムイは宿の部屋『海燕』まで歩き続けた。途中でミスリルボードに乗ることも勧めたのだが、頑として耳を貸してくれなかった。ほんっと頑固なんだから。

そして部屋に戻ると即、倒れた。とっくに限界だったくせに。


だから水風呂どころか『浄化』をかけるのみにしてベッドに寝かせておいた。こいつ普段はベッドが余っていても部屋のど真ん中の床に寝るんだよな。変なこだわりだよ。まったく……


「カースも大変だったわね。あの紅蓮獅子ったら火力はかなり大したものよね。」


「そうだね。あのまま順当に成長すればドラゴン並みのブレスも吐けそうだよね。」


「世界は広いわね。南の大陸……いつか行く?」


「いつかね。行きたいところだらけで迷っちゃうよね。東のメリケイン連合国も行きたいし、山岳地帯だって知らない所だらけだし。」


そもそもヘルデザ砂漠やノワールフォレストの森ですら行ってない場所の方がはるかに多いんだから。世界は本当に広いぜ。というかローランド王国内ですら行ったことのない場所が多すぎる。そこに南の大陸や西のフェンダー帝国まで……広すぎるぜ……


「行きたい所があるなら全部行けばいいのよ。カースならどこだって、どこまでだって行けるわ。私はどこにだって、一生カースに付いていくんだから。」


「アレク……ありがと。いつも嬉しいよ。とりあえずはヒイズルを一周してからだね。近いうちに少しだけ南のアラキ島に寄り道もすることだし。」


「楽しみね。私、カースと一緒ならどこでも楽しいわ。本当に幸せよ。こちらこそありがとう。」


アレクはそう言って私の胸に飛び込んできた。幸せなのは私の方だ。


さて、夕食までにはまだまだ時間があることだし、先に風呂かな。今夜はイチャイチャは少なめでスローなラブを満喫したい気分だ。優しくアレクの服を脱がせて、浴室へと連行した。






「いいお湯だったね。」


「ええ……肌寒くなってきたものね。」


私たちの仲はいつでもホットだけどね。


「じゃあ少し早いけど夕食にしようか。カムイが寝てることだし、食堂の方に行かない?」


「ええ、いいわよ。こんな時はそっと寝かせておくに限るわよね。」


普段なら肉を食わせろ、体を洗え、ブラッシングしろとうるさいカムイも今日のところは静かに眠っている。だいたい一昨日だって私から結構なダメージをくらってんだからさ。




高級宿、沈まぬ夕日亭だけあって食堂もつくりは贅沢だ。どの席も広々としており、テーブルは木材にまでこだわっているであろうことが窺える。しかも個室まであるときたもんだ。まあ今は時間も早いことだし、個室でなくても食堂中央のテーブルでいいだろう。私という存在をアピールするためにも。


注文はお任せで二人前。酒はなし。明日の夜は領主邸で舞踏会があるってことだったからな。そこでたらふく飲み食いしたいから今夜は禁酒だ。うーん、私はセブンティーンなのに。しかもローランド王国では成人してるから関係ない上に、成人してなくたって酒飲んでも問題ない世界なのに。

それにしても、ヒイズルにも色んな酒があるよなぁ。たっぷり買い込んでスペチアーレ男爵用にお土産で飲ませてあげたいよな。もちろん両親や祖父母にも。おじいちゃんおばあちゃんは元気にしてるかなぁ。あんな過酷な場所で年寄りだらけで……

サベージ平原の西、北の辺境ノルドフロンテか……

先王に王太后、前組合長に前校長、みんなに飲ませてあげたいなぁ。


「カース? どうしたの? 心ここにあらずって感じだったけど。やっぱり疲れてるわよね。今夜は早く寝るべきね。」


「いやいや、そんなことはないよ。アレクはなぜこんなに可愛らしいんだろうかと考え込んでたんだよ。」


「バカ……ありがとう。でも嘘が混じってるわよ。サンドラちゃんも言ってたわ。カースの話には意味のない嘘が多いって。もう、バカなんだから。」


「はは、いやぁ。だって大したこと考えてないからね。それはそうとアラキ島から戻ったらアレクの誕生日にちょうど良さそうだね。テンモカ中を巻き込んで盛大に祝いたいところだよね。」


劇団や楽団なんかも呼んで派手に盛り上げるのもいいな。ダンスは絶対だね。


「カースの気持ちは嬉しいけど……私はカースと二人きりで、いえコーちゃんやカムイと四人で楽しく過ごせたらそれでいいのよ? いえ、むしろその方がいいわ。」


「それもそうだね。いやー、ついついアレクのことを全員に自慢したくなっちゃうんだよね。じゃあアラキ島から帰ってきたら宿でのんびり過ごそうね!」


あ、そうもいかないか。集められたローランド人をオワダに連れて行かないといけない。そろそろオワダからバンダルゴウ行きの船が出る頃だからな。いや、まあ別に第二便でもいいんだけどさ。間に合うなら早く帰してやりたいとも思うしね。


「私だってカースのことが誇らしくて仕方ないわ。今日だってカムイと紅蓮獅子の激しい戦いの最中さなかなのに、顔色ひとつ変えずに平然と見守っていたじゃない。あれほどの火力に身を晒していたのに。ヤチヨだって驚いていたわ。」


ヤチヨ? ああ、司会の姉ちゃんか。


「いやいや、ただ防いだだけだよ。いくら高火力と言ってもドラゴンほどじゃないんだからさ。大したことないよ。」


「もう、カースったら。あの獄炎吐息をただの氷壁で防ぐなんて。紅蓮獅子が可哀想になってくるわね。でも、そんなカースだから誇らしいし……大好きなんだから……」


おうっふ。ずきゅんときたね。まったくアレクときたら。どこまで可愛ければ気が済むと言うのか。よし、今夜は寝かさない……と言いたいところだが、たぶん私の方が先に寝てしまう……かな?

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