1490話 岸壁の子守唄
アレクが風呂から出てきた。いつの間に入ったんだ?
「はあ、すっきりしたわ。ねえカース。私たちも散歩に行かない? 海が見たくなっちゃった。」
「いいねぇ。よし行こう!」
テンモカは海までさほど遠くないもんな。ここからなら一時間も歩けば着く。
私たちが道を歩けば、道行く人々が注目してくる。どうやら順調に私の顔は売れているらしい。それとも、単にアレクの美貌に見惚れているだけなのだろうか?
道中の屋台で串焼き肉やフランクフルト的なやつを買い込んで、海辺へ到着した。ううーん潮の香りがするね。
「ちょっとごつごつして歩きにくいけど、歩いてみようよ。楽しそうだし。」
「おもしろそうね! 魔法禁止よ?」
「それもいいね。どことなくイグドラシルに登った時を思い出すね。」
岩だらけのビーチを少し歩くと、すぐに切り立った岸壁へと突き当たる。アレクはそこも進んでみようと言うのだ。
「やっぱり崖って登るより横に進む方が大変ね。でもイグドラシルほど難しくないわ。」
「そうだね。でもイグドラシルと違って岩が脆いかも知れないから気をつけようね。」
イグドラシルはどれだけ体重かけても剥がれたり砕けたりしなかったもんな。
「ええ! うふふ、すっごく楽しい! ほら! カースも早く来て!」
「よぉーし! 待て待てぇー! 今行くからね!」
横に進むロッククライミングでする会話じゃないな。でもアレクがすごく楽しそうだから私も楽しい。ふふふ、待て待てー。
いやー楽しいな。横にロッククライミングしたり岩場を歩いたり。こういう海岸線って飛ぶと一瞬なんだけど、こうやって進むと永遠に終わらない気すらするんだよな。
おっ、これはまた珍しい。岩場と岩場の間にぽっかりと砂浜があるじゃないか。プライベートビーチだな。
「アレク、ここで少し休もうよ。そろそろお昼だし。」
「そうね。少し腕が疲れてきたし。」
一時間以上ロッククライミング的な動きをして、少しの疲れで済むとは……かなり体力がついてきているな。たぶん私もだけど。
「はいこれ。」
「ありがとう。私すっかり庶民の味が大好きになっちゃった。」
「アレクは庶民の味どころか冒険者の野蛮な食事でも喜んで食べるくせに。専属シェフの料理しか食べない貴族とは大違いだよ。」
庶民の味。言葉だけなら嫌味たっぷりなんだけどもちろんアレクにそんな気はない。純粋に好きなものを好きと言っているだけだ。
夢中でがっつく私たち。思いのほか腹が減っていたらしい。串焼き肉にフランクフルト、細切れ肉の塩焼きに焼きとうもろこし。うーん旨いなぁ。
岩場にぽっかりと空いた砂地なせいか、風が通らない。そのせいか、もう晩秋だというのに意外と暖かい。おまけに腹も膨れてきたことだし、眠くなっちゃうよ。
「カース。ほら、来なさいよ。」
おお、膝枕か。やっぱ外で昼寝する時はアレクの膝枕に限るね。
「ありがと。今日は暴れたから疲れてたんだよね。」
今日のアレクはミニスカート。素足に頬擦りするかのように横になる。いい肌触りだ。よし堪能した。では向きを変えて寝よう。ああ……いい天気だなぁ。
ん? 山側の茂みがガサガサしてる……魔物か獣か……まあ、アレクに任せておけばいいよね。もう寝そうだし……
「あんだぁ? 誰だてめぇら?」
「あ? どこから来やがったぁ?」
「こぉーんな所まで乳繰りあいに来たってのかぁ? そこらの連れ込み宿で我慢しとけよなぁ?」
「静かにしてちょうだい。今から寝るところよ。」
『消音』
あ……私の頭周辺に消音をかけてくれた。これで雑音に悩まされず眠れそう……ありがとアレク。おやすみ……
……うぅーん……よく寝た……
「おはよ……」
「ああカース起きたのね。気分はどう?」
「うん。すっきりだよ。ありがとね。」
「よかった。変な邪魔が入ったけどよく眠れたみたいね。」
「あー何かいたね。あれは何だったの?」
「冒険者ですって。この砂浜を拠点に魚や貝を獲るそうよ。」
「へー。それはすごいね。潜るの?」
「いえ、貝は波打ち際のを拾って、魚は釣るみたいよ。カースじゃあるまいし海に潜るのは自殺行為だわ。」
そりゃそうだ。
「あはは、そうだね。それで、あいつらはもう帰ったの?」
「いえ、あっちに行ったわよ。夕方まで粘るみたいなことを言ってたわ。」
「ふーん。冒険者にしては開始が遅い気もするけど、まあどうでもいいよね。それよりアレクのバイオリンが聴きたいな。弾いてよ。」
「いいわよ。ここならいい感じに音が響きそうだものね。」
切り立った岩に挟まれているからな。背後もほぼ岩壁だし。
うーん、いい音色だなぁ。海を見ながらアレクのバイオリンを聴く。最高に贅沢な時間だわ。波の音に潮の香り、後頭部にはアレクの太もも。そして優雅な音色。ここは天国かな。いかんな……また寝そうになってきた。実はこの曲、子守唄だったりするんじゃないのか……
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