1468話 ヨーコ・ミナガワ 九歳

それから私とアレクは座ったまま、ぼおっと試合を見ていた。見ていたが、あまり強そうな奴はいなかった。どうやら一回戦で当たったキサダーニは厄介な相手だったようだ。


二回戦が全て終了し、昼休憩となった。コーちゃん達と合流して何か食べよう。




「お二方とも、二回戦突破おめでとうございやす。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


こちらから行くまでもなく、カドーデラ達は近くまで来ていた。ちなみにコーちゃんはデメテーラの機嫌がなおらないと言い、カムイは腹がへったと言っている。


「魔王さん、いきなりで悪いんですがテンモカ蔓喰の会長が魔王さんに会いてぇそうで。会ってやってくれやせんか?」


本当にいきなりだな。蔓喰は嫌いじゃないから全然構わないけど。


「いいぞ。どこかで昼飯食いながらって感じか?」


「その通りで。ご案内いたしやす。」


こいつらと一緒に行動してたら私まで闇ギルドっぽく見られてしまうな。別に構わないけど。カドーデラはまだ一般人にとけ込めなくはないけど、ゴッゾは絶対無理だもんな。顔も体も厳つすぎる。


案内されたのは闘技場から五分と離れていない小料理屋って雰囲気の店だ。


「こちらで。」


客はいない。貸し切りか?

そのまま奥の座敷へと移動する。カドーデラが扉を開ける。中にいたのは……


「こんにちは魔王さん! はじめまして! ヨーコ・ミナガワです! 九歳です! 来てくれてありがとうございます!」


え? 女の子? 九歳? キアラより歳下……


「あ、え、えっと、か、カース・マーティンです。十七歳……」


「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルよ。私はまだ十六歳ね。」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「女神のおねーさんも蛇ちゃんに狼ちゃんも来てくれてありがとうございます! どうぞ! お上がりください!」


この子が会長か……どことなく昔のキアラを彷彿とさせる快活さだ……


「ささ、魔王さん。お上がりくだせぇ。じきに料理も来やすんで。」


「あ、ああ……」


キアラと違うのは髪の色か。キアラは母上ゆずりの白に近い金髪。この子はしっとりと艶やかな黒だ。


「魔王さん。本日はよく来てくだすった。あっしぁ蔓喰の若い者を預かる若者頭かしらのヤスオオズ・オオニシだぁ。まずは一献、さあさあ。」


ゴッゾ系のごっついオッさんだな……

昼から酒かよ。私は昼からもまだ対戦があるってのに……飲むけど!


「魔王さん、ヤスオ兄貴は先代の懐刀と言われたお人でさぁ。先代亡き後、テンモカ蔓喰と会長を守り続けてきたお人なんですぜ。」


へぇー。カドーデラが兄貴と呼ぶぐらいか。


「いただこう。」


「魔王さん僕が注ぎます!」


あれ? この子は女の子だよな? これはいわゆる僕っ娘ってやつか?


「ああ、ありがとう。君は女の子……だよね?」


分からない時は素直に質問するのが一番。


「そ、そうです……ごめんなさい……女の子らしくなくて……」


ぎゃあああああーー! いきなり地雷踏んだか!? ち、違う! そんなつもりじゃないんだ! 自分のことを僕なんて言うし! 髪型だってショートボブよりまだ短いし! 一応確認しただけなんだぁぁぁーー!


「あなたはかわいいわよ。髪の毛の手入れも欠かしてないようね。その爪だって丁寧に磨いているのね。大丈夫よ。あなたは可愛らしい女の子なんだから。」


なるほど……さすがアレク。見た目で判断するにはその辺りを見ればいいのか。平民の男で髪の手入れをきっちりして、しかも爪を磨く奴なんているわけないもんな。私の爪は深爪ぎりぎりの短さをキープしてるけどね。小さい頃は爪切りがないからナイフでゆっくり切ってたけど、今は風斬でスパッと切ってる。その後で角が立たないように手の平で丁寧に磨いていたりするんだぜ。


「女神のおねーさん……ありがとうございます! 僕も……いつかおねーさんみたいにきれいになりたいです!」


いいこと言うなぁ。そしてとても素直だ。いい子だ。


「それで……僕に会いたいって聞いたけど、何か用でもあるのかな?」


「魔王さん、先に乾杯しやしょうぜ?」


おっと、それもそうか。


「それではあっしが。えぇー今日の良き日に魔王さんと女神さんを会長の前にお迎えできとてもめでたいです。今後我々のますますの発展を祈って! 乾杯!」


カシラはごっつい体に似合わず丁寧な音頭だねえ。


「ピュンピュイ」


コーちゃんは器用にもお猪口を尻尾で持ち上げている。そしてそのまま口元へ。

私も飲もう。うん、美味しい。


「魔王さん美味しいですか?」


「ああ、美味しいよ。いいお酒だね。」


「魔王さん、こいつぁアキツホニシキの特等純米生原酒ですぜ。コーの兄貴もお好きなようで用意させておきやした。」


ああ、コーちゃんが水の精霊の味がするとかって言った酒かな? 確かに美味しいもんな。うーん、これはいかんな。昼からの三回戦のことなんかどうでもよくなってしまいそう。

酒は美味いし料理も旨い。この酒がこれまた刺身とよく合うんだよなぁ。醤油とワサビが嬉しいねぇ。




ふぅーおいしかった。最後の雑炊の味わい深いこと。いい出汁がでてたねえ。ふぅー満足満足。あーもう昼から三回戦なんてやりたくないな……このまま寝てたいな。アレクの膝枕で。


「あ、あの、魔王さん……」


「ん? 何だい?」


「僕を助けて欲しいんです……」


おや、どうしたことかな?

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