1461話 領主との密談

馬車が到着したのは……海が見える高台にある一軒の建物だった。看板はない。別荘かな?


「領主様は、少し遅れると思いますのでどうぞ先に始めておいて欲しいとのことです」


「分かった。ところでこの建物は何だい?」


「こちらは領主様もご贔屓にされておりますテンモカ随一の料亭『朝日庵』です。皆様がお泊まりの沈まぬ夕日亭とは経営者が同じです」


「なるほど。それは楽しみだ。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんも楽しみだね。いい酒置いてそうだもんね。ではお先に楽しませてもらうとするか。


案内されたのはゆったりとした畳敷きの個室だった。いいねぇ。そして席に着くなり料理が運ばれてきた。いただきます。


うーん上手い!

スプーンひと匙に盛られた一口サイズの料理から始まったかと思えば、一メイルほどもある魚を一尾丸ごと豪快に焼いた料理まで! カムイなんか骨ごと食べてるし。骨まで旨そうな魚だもんな。


「ピュイピュイ」


ああ、おかわりだね。ほい、注いであげるよ。この酒はやたら強いくせに飲みやすくて危険だね。アレクがすごく酔っ払ってしまいそうだよ。それはそれで楽しみなんだけどさ。


「領主様が到着されました」


おっ、やっと来たか。料理はあんまり残ってないぞ?

平伏する気はないが、姿勢を正して出迎えるぐらいはしてやろう。


「待たせたな。儂がシュナイザー・アラカワだ。今夜は招待に応じてくれて感謝しておる。」


「カース・マーティンです。先にいただいております。」

「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルです。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「ああ、堅苦しい挨拶はいい。身分的には似たようなものだろう。ざっくばらんにいこうではないか。よし、乾杯だ!」


ほう。大領主にしてはフランクな奴だ。自らあんな大会に出場するぐらいだもんな。


「乾杯!」

「乾杯。」

「ピュンピュイ」


カムイは酒を飲まないからな。


「ふうぅー! 旨い! やはりアラキの新酒はたまらんな! 疲れた体に沁み渡るわい!」


アラキ……ここから南にある島だったか。確か芋を原料にしてるんだったな。香り高くほんのり甘い。それだけに飲み過ぎると容易く酔い潰れてしまいそうだ。


「ほれ、お前たちも飲め飲め!」


「いただいてますよ。それで、私達をここへ呼んだ理由は何事でしょう?」


「まあ待て。少しは飲ませろ。腹だって減っているんだからな。ほう、そちらの蛇はよい飲みっぷりではないか。確か大地の精霊だそうだな。アラカワ領テンモカに来てくれてありがたく思うぞ。」


「ピュイピュイ」


コーちゃん的にはこの新酒の荒削りさが嫌いではないらしい。たまに飲む分には全然問題ないと。




「ふぅー。うまかったな。よし、お前たちは席を外せ。」


領主がそう言うと護衛や執事らしき者が納得のいかない顔をしながら部屋から出ていった。


「室内の会話が外に漏れない魔法は使えるか?」


「使えますよ。」


『消音』


その代わり外で何が起こっても室内には聴こえないけどね。


「あやつらを信用してないわけではないがな。秘密を知る者は少ない方がいいに決まっておる。」


「秘密?」


「ふっ、魔王よ。単刀直入に聞くぞ? お前は天王ジュダをどう思っている? どうしてやりたいのだ?」


おお、いきなりだな。そしてヒイズルでは単刀直入って言うんだな。ローランドだと短剣直入なのに。微妙に違うのが面白いな。


「どう思ってるかと聞かれると、邪魔ってとこですかね。明らかにローランドにケンカ売ってますし、何なら攻め込もうとしてる節すらありますからね。」


で、このような自分とこの国の王を裏切るかのような質問をした意図は何だ? 私のこれまでの行動から答えが分かった上で質問してきたんだろうけどさ。


「ふっ、やはりか。そうだろうと思っておった。どうやら我らは心強い味方になれそうだな。」


「味方に?」


「そうだとも。我らアラカワ家は大昔アモロ・フルカワに負けてヒイズルの西半分を失った。その結果、この南西部のみを領地とするただの地方貴族として生きながらえておる。」


あらら。その話は知ってるが、もしかして反乱でもしたいのか?


「それで?」


「魔王よ。お前はこれからも暴れるつもりなのだろう? 例えばテンモカの次に行くであろう街、トツカワムでな。」


トツカワム……確かエチゴヤの番頭がいる街だよな。そりゃあもちろん暴れることになるだろうね。


「相手の出方次第ですが、多分そうなるかと。」


「うむうむ。良いことだ。そのまま天都イカルガに着くまで同じような行動をすると見た。我らアラカワ家のために暴れてくれなどと言う気はない。好きに暴れてくれれば良いのだ。後は我らが勝手に動くだけだからな。」


「なるほど。私の行動を利用するというわけですか。お互い勝手に行動するだけの話ですから特に文句はないですよ。ちなみに、なぜ今なんですか? たまたま私達がヒイズルに来たからですか?」


「それもある。本来ならジュダの奴が天王に即位する前に食い止めたくはあった。だが、あ奴の率いる赤兜は精強でな。まともに戦っては勝ち目がない。そこにエチゴヤ勢まで加わっているとな。そんな時にお前のような個の力で多を圧倒できる強者が現れたのだ。それもジュダに反感を抱いているとくれば! この機に乗るしかあるまい! オワダ、カゲキョー、ヤチロ。そこでお前達が何をやったか、きっちりと儂の耳に入っておるからな。」


そりゃそうか。知らないわけないよな。


「だったらこちらが何を求めているか分かるよな?」


さすがにもう敬語はいらんだろ。最初から必要なかったとは思うが。胸襟を開いたと思ってくれ。


「ふふふ、分かっておるとも。ローランド人の解放だろう? 任せておけ。テンモカのみならず、アラカワ領全域から集めると約束しよう。そして迅速にオワダに送ればよいのだろう?」


「分かってるじゃないか。では約束だ。アンタは今の内容を実行すること。こちらはアンタらが俺達を利用することを邪魔しない。不快なことをされない限りはな。いいな?」


「ふふふ、いいだろっうっおっぷぉっ……これが噂に聞く魔王の契約魔法か。蔓喰のビレイドとは桁違いの威力ではないか。よし、改めて乾杯だ! 愚王ジュダからヒイズルを取り戻すのだ!」


「乾杯。」

「ピュンピュイ」


やっぱジュダって人気ないんだな。アラカワ家って二百年ぐらいこのままだったのに、あいつが天王になった途端この有り様だもんな。それなのによくローランドにまでちょっかい出してきたもんだ。さて、面白くなってきたかな。

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