1446話 演劇の後で

さてさて、肝心の演劇だが……『キースの財布』って言うのか。


へぇー、大金入りの財布を落とした男の話ねぇ。リアリティがないなぁ。大金は財布じゃなくて魔力庫に入れろよな。


ほほう。女の子が拾ったのか。あらら、ネコババしちゃうのね。あー、病気の母のためか。それなら仕方ないな。


一方落とした男の方だが集金の帰りだったのか。その金がないと店が大変なことになるってわけか。具体的には問屋への支払いだ。それを本日中に払わないと次回の仕入れをさせてもらえない。このままでは大恩ある店主に償いきれない迷惑をかけてしまう。だが、いくら探しても財布は見つからない。


暗くなる街。


あちこち聞いてまわるも、どうしても見つからない。いっそ身を投げて死んでしまおうかと橋の欄干に足をかけたところを……


「やめねぇか! 死んで花実が咲くものかよ!」


「死なせてくれ! 私はもうだめだ! 旦那さまに合わせる顔がないんだ!」


「その旦那さまとやらぁお前さんが死んで喜ぶような外道だってぇのかい!?」


「そんなわけないじゃないか! 孤児みなしごだった私をここまで育ててくれた神のようなお方なんだ! だから私は……私はぁ!」


「なるほどなぁ。そんじゃここで会ったのも何かの縁よぉ。仔細を聞かせてみな? 俺ぁ飾り職人のキースってんだ。」


「あ、あぁ、私もキース……薬屋マオマ商会の手代、キースです……」


そして事情を話す薬屋キース。集金額は百十万ナラー。支払いに必要な金額はちょうど百万ナラー。


「ここで悩んでいても埒があかねぇ! 旦那んとこへ行くぜ! 俺も話してやるから、な?」


重い足取りで歩き出す手代キースを支える職人キース。


帰ってきた手代を優しく迎える店主。問屋にはどうにか待ってもらうから心配するな。お前が無事だったならそれでいいと。うーん人情!




その後、母親が元気になった女の子は財布の持ち主を探し始める。使った金を返すために。


間もなく手代キースを見つけた女の子は身を売って返済しようとするが……




それから……紆余曲折を経て、財布を拾った女と手代キースは結婚した。祝福する職人キース。すっかり二人は親友になっている。


「めでてぇなキースよぉ。」


「ありがとう。それもこれも君のおかげだよ。本当にありがとうキース。」


なお、財布を拾った女の子の旧姓もキース。三人のキースが織りなすジーンとくる人情物語だった。





「悪くないわね。ローランドの演劇と違って派手な山場もなければ深い絶望もない。なのに心を動かされるものがあるわ。人気が出るわけよね。」


「いいもんだよね。人情を感じるよね。面白かったよね。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんも面白かった? それはよかった。また来よう。


他の観客が席を立つ頃、執事風の男がやって来た。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」


さて、どこに案内してれるのかな。まずは外に出て……


「どうぞお乗りください」


馬車かよ……仕方ないな。




「ようこそ。わざわざありがとうございます。今夜の行き先は任せてもらっていいでしょうか?」


「ピュイピュイ」


「お任せします。ただこの子はいい酒が飲みたいと言ってます。」


「はははっ、これはこれは可愛らしい蛇ちゃんですな。酒好きなのですね。お任せください。」


道中はキヨバルの洒脱な会話で楽しく過ごすことができた。こいつやるなぁ。




「さあ、着きましたよ。おっと姫、お手を拝借。」


「言ったはずですわ? くれぐれも私の身にお触れになりませんようにと。」


この野郎。先に降りてアレクに手を貸そうとしやがった。いや、それは紳士としてもホストとしても当たり前のマナーなんだけどさ。

それを毅然と跳ねのけるアレク。嬉しくなっちゃうね。マナー違反だけど……


「おっと、そうでした。いやいや姫の美しさのせいでせっかくいただいたお言葉も忘却の彼方ですよ。その玉体に触れることが叶うのは魔王様ただ一人というわけですな。いやいや羨ましいことです。」


「ええ、その通りですわ。ご理解いただけて嬉しいですわ。それよりここは……」


先に降りたアレクが少し戸惑っている。どんな店だ?

私も降りよう。


ん?

店じゃないじゃん。どこの庭園だ?


「驚かせてしまったですかな? ここは私どもの上屋敷です。さあどうぞ。一献傾けようではないですか。」


やっぱ高位貴族じゃん。よその貴族領に上屋敷があるなんて。普通いくら遠縁だからって首都でもない貴族領に上屋敷なんて建てるか?


ほぉう……フランティア領都にある私の自宅より大きいな。庭も広いし池も風流な雰囲気だ。くっ、負けたか。いや、でも楽園なら! あっちはめっちゃ広いからな。つまり私の勝ちだ。ふふふ。




案内されたのは私室か? いきなり距離詰めてきやがるなぁ。


「さあ、乾杯といきましょう!」


「ピュイピュイ」


コーちゃん待った。


「その前に、理由を聞いておきましょうか。ただ飯食ってしまうと断りにくくなりますんでね。」


目的ぐらい聞いておかないとな。私としては食った後で断るのぐらい平気だけどね。さあ、話してもらおうか。

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