1445話 キヨバル・アラカワとの再会
シムの奴……ローランドに行ったら滅多なことでは帰って来れないってのに。
「お前がその気ならオワダまで連れてってやるのは構わん。どうせオワダからバンダルゴウ行きの船が出るのは二週間後だからな。それまでなら宿に泊めてやるのもまあいいだろう。」
「魔王……様!」
あからさまに嬉しそうな顔するなあ。マジで知らんぞ?
「シム? ローランド王国はここヒイズルと違ってかなりの大国よ? 必然的に場所ごとに規則や慣習が異なるわ。例えば、バンダルゴウなんかは……ここテンモカに似てるわね。いずれにしても確かなことは強くなければ容易く食い物にされてしまうことよ。技も力もないあなたが見知らぬ土地で生きていけるの?」
「押忍! なんでもやります! 姉やと一緒にいられるのなら!」
姉ちゃんがオッケーするとでも思ってるのか? もしオッケーしてしまったら自分が養うことになってしまうんだぞ……
「カース、バンダルゴウと言えばエルネスト君がいるのよね?」
「いるね。」
「紹介状を書いてもいいかしら?」
優しすぎるだろ……
「いいと思うよ。役に立つかどうかは別だけど。」
「分かってるわ。シム、バンダルゴウには私とカースの同級生がいるの。貴族よ。貴族だけど冒険者をやってる変わり者だから、運が良ければあなたを鍛えてくれるわ。もし、困ったら訪ねてみなさい。」
エルネスト・ド・デュボア君か。元気にしてんのかねえ。私も甘いとは思うがエルネスト君の甘さはやばいほどだもんな。それだけにシムの面倒見てくれそうではあるな。
だがエルネスト君だっていつまでも冒険者なんてやってられないだろうに。あそこの伯母さんにしてみればエルネスト君にはデルヌモンテ伯爵家を継いで欲しいんだからな。
「押忍! ありがとうございます!」
それにしても今回のアレクはやけに優しいよな。弟のアル君を思い出したわけでもなさそうだが。悪いことじゃないから全然構わないけどね。
「よし、それじゃあもう遅いことだし寝るとしようか。シムはあっちの部屋な。」
『浄化』
シムを魔法できれいにしてやる。
「押忍! ありがとうございます!」
そして私はアレクと風呂へ。何度入っても風呂はいいものだ。さぁてアレクには何をしてもらおうかなぁ。ふふふ。
「カースのバカ……」
お仕置きとして禁欲してもらうことにした。闇雲ごしとはいえ、蔓喰のやつらの前で服を脱いだ罰だ。今となっては必要もないが、契約魔法も解呪しておいた。
「さて、寝ようか。おいで。」
「もう……」
不満げな顔も可愛いよな。
しずしずと私の左腕に頭を乗せてくる。いい香りだ。
「あっ、そう言えばさっきまで一緒だった貴族がいるわ。」
「貴族?」
「ええ、キヨバル・アラカワって名乗ったわ。でも領主とは遠縁だって。服装からすれば結構な高位貴族ね。」
「へー。一緒だったってのは?」
「歩いている時にね……」
ふーん。そんな男がね……ナイト気取りかよ。それでご丁寧に宿の前まで送り届けてから帰ったと。どこまでも紳士的に対応したってわけね。貴族にしては珍しいな。いや、それこそが貴族のあるべき姿なんだろうけどさ。
護衛を容易く遠ざけたところからして、腕にも自信があるタイプか。領主と遠縁なのに高位貴族とはよく分からないが、色々あるのだろう。
アレクだってまさにそのパターンだし。
本家アレクサンドル公爵家に対して分家のアレクサンドル男爵家。バカらしいほどの身分差だ。
だけどクタナツでの名声、権威は絶大だ。代官に次ぐナンバーツーだからな。血筋や門地でクタナツ騎士長にはなれないもんな。
翌朝。
遅めの朝食を済ませたら宿でのんびりティータイム。劇場は昼からだし、それまでアレクと軽くイチャイチャとお喋りでもしてようかな。
「失礼いたします」
客室係が入ってきた。
「アラカワ劇場の席ですが二席取れました。貴賓室はさすがに前日では不可能でございました」
「ああ、問題ないよ。ありがとな。」
どうせカムイは演劇行かないしね。コーちゃんは一緒に行くよね。人情の分かる精霊なんだから。
客室係が置いていったのは二枚の木札。これがチケット代わりってわけだな。半券をちぎったりはできなさそうだが……
あれからのんびりと昼食を食べ、軽く昼寝をしてからアラカワ劇場へとやってきた。ちなみにシムも置いてきた。どうせチケットないし。カムイに狼ごっこで鍛えてやるよう言い残して。逃げ足ぐらい鍛えてないとすぐ死んでしまうからな。
宿からは少し遠いので馬車を呼ぼうか聞かれたが、もちろん断って歩いた。馬車は嫌いだしアレクと腕を組んで歩くのは楽しいからな。
うーん、混んでるな。まだ開いてないのか。少し離れた所には馬車も結構停まっているな。高そうな装飾を施された馬車、あんなのに乗るのは貴族や金持ち商人といったところだろうか。つまり、貴族も観に来るほどの人気ってことか。
「ややっ! これは姫ではないですか! ここで会えるとは何たる僥倖! もはや運命ですな!」
ん? 誰だこいつ? 貴族か……イケメンだな。高そうで、それでいて品のいい見事な仕立て服か。
「昨夜はどうも。紹介いたしますわ。こちら私の最愛の伴侶、ローランドの魔王ことカース・マーティンです。」
なるほど……こいつか。
「カース・マーティンです。アレクサンドリーネがお世話になったようで。ありがとうございました。」
「キヨバル・アラカワです。せめて姫の露払いぐらいはしたかったのですが、何もできませんでした。そんな姫に並び立てるあなたが羨ましいですな。」
歳の頃は二十代前半ぐらいか。歳下で平民の私に礼を尽くしてくるではないか。それでいて鼻につくところがない。周囲の護衛も隙のない手練れって感じがするし。アレクの見立て通り高位貴族か……
「アレクサンドリーネはローランド王国でも並ぶ者のないほど素敵で可憐で麗しい女性ですから。ローランドの男はさぞ私が憎いだろうと思います。」
「も、もうカースったら……//」
「ははは! それは我が国でも同じかと思いますぞ。昨日の真っ赤なドレスも夜に映えておりましたが、本日の藍色のドレスも控えめなだけに姫の魅力がよく分かるというもの。さすがの心遣いですな。」
へえ、分かってるな。演劇を観に行く時、アレクは青や緑系の地味な装いをする。舞台女優より目立ってしまっては申し訳ないという優しさだ。もっとも、そこらの女が同じことを考えたとしても『誰もお前なんか見てねぇよ』で終わるんだけどね。自分の魅力をきちんと理解した上でのこの選択。さすがアレクだね。惚れ直しちゃう。
「恐縮ですわ。」
「それはそうと席はどちらで? 私どもは貴賓室を取っておりますがよろしければご一緒にいかがでしょう?」
「せっかくですが二人きりでじっくりと観覧したいもので。お誘いには感謝します。」
他人の貴賓室だと観ながらイチャイチャできないだろうが。おっ、開場か。人が流れ始めた。
「それは残念。ではこの後はいかがかな? どこぞで一献傾けるというのは?」
「ピュイピュイ」
もー! コーちゃんたら! でもさすがに演劇の後なら断る理由もないしな。
「それならばお受けしましょう。」
まあ、アレクはしばらく禁欲だしちょうどいいのかも。でもアレクが禁欲ってことは私も禁欲なんだよな。やれやれ。
「では終わりましたら席でお待ちください。迎えをよこしますので。」
まあ、いいけどね。 でも酒の席だからって万が一にもアレクにお近付きになれるとか思ってんじゃないぞ?
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